お嬢様の来たる(1)

 2025/3/12(水)————22:26————星間島ーーーーある警察署


「では手続きは完成しました。帰っていいですよ。」

 さっきスイカが空港で会った山田警察は待ち合わせ室に入ってきた。


「うん……」

 和祁はよく喋れないから、適当に答えた。

 そんな彼を助けるように、スイカも口を開いた。

「はい、ありがとうございます。」


「ごめんなさいな。こんなに遅くなっちゃいまして。」

 山田はぎこちない笑顔を作りながら、頭を掻いている。


「いいえ。治安を守れて私達も嬉しいですよ。」

 交渉する時のスイカは普段とはまるで別人のようだ。実際彼女も和祁に負けないほど内気だった。ただ会話術を学んでいる。


「帰るのは大変ですよね?俺もそろそろ帰りますので、お前らを家まで送りましょう。」


「はい。」

 和祁は気軽に頷くと、スイカは見下ろすように彼を睨んだ。


 そしてスイカも山田に礼を言う。

「そうしてもらって本当にありがとうございます。」

「いや、俺は別に……じゃ、お家はどこですか?」


「僕はーーーー」

 和祁は思わずに応えようとしたが、スイカに止められた。


「どうしてあなたの家なのよ?」

 スイカは和祁を隅に連れて、小声で文句を言った。

「でないと?」

「でないとじゃないわ、もしかしてあなたの家で、あなたの可愛い婚約者さんとイチャイチャラブラブする気?」

「そんなわけないだろ。そうだな、ユミリさんもいるし、彼女をそっちに送ろうか。」

「ねぇ、私達の家は遠く離れてるぞ。流石に山田さんを二箇所に行かせるわけには行かないでしょ?」


「そうだな。」

 和祁も悟った。


「だから、一緒に私の屋敷に来ればいい。」

 スイカはわざと屋敷という言葉を使った。


「うん。」

 和祁はその提案を引き受けた。


 それから、スイカは山田にアドレスを教えた。


「では行きましょう!」

 よく遅くなのに、山田は元気満々に見えている。


「彼女を車に運んで。」

 スイカはソファーに寝ているユミリを睨んでから、和祁を命令する。


「どっ、どうして僕?」

 和祁は驚きめいた声で聞き返した。

 流石に女の子を運ぶのは曖昧すぎる。


「カツケの婚約者さんなんでしょ?責任取らなくちゃ。」

 スイカは冗談を言った。


「でも、どうやってはこぶ?」


 そう言われると、スイカも呆れた。

「えっと、急、救急の授業にあったんじゃないか?」

 と、小さくて不自然な声で答えてみた。


「なら、担架をくれてほしい。」

 和祁も苦笑しながら冗談を言う。


「……じゃ私が運んでいい。」

 さっきの戦いでもう随分疲れたはずのスイカは潔く運ぶことを引き受けた。

 なんだか彼女は文句を言う気がない、むしろすこし喜んでいる。


 スイカはユミリに立ち寄って、その美しい顔に引かれたように見込んでいた。そういえば、さっき色々があって、ユミリの姿を観賞する暇もなかった。


(やはり、可愛い子なんだね、写真通りに。)

 スイカは対抗意識を覚えて思わず自分の頬を触った。

(それに身長も、胸の大きさも、私より……)



 安らかに息をつくユミリの寝顔はまるで真珠などの宝物みたい。

 スイカは震えた手を丁寧にユミリに近付ける、傷付いた小動物を扱うように優しく。


 スイカは両手をそれぞれユミリの背と膝の下に突っ込ませる。

 女の子同士とはいえ、お姫抱っこするのはやはり恥しい。

 スイカは頬を赤くした。


 彼女は腕に力を入れて、ユミリを抱き上げた。そしてユミリの太腿のヘナヘナとした柔らかさを確実に感じた。

 ーーーー自分の華奢で硬い太腿とは違う。


 そう思うと、スイカの心から恐怖と劣等感が生じる。


(いやいや、何考えてるんだ私!それに、人の好みはそれぞれ違うし……)

 スイカは嫌な考えを払うように目をそらした。するとユミリの運動靴が目に入った。

 それはオタクっぽいスイカでも知っている、世界中有名なブランド品だ。


「うっ……」

 スイカは思わず声を漏らした。

(さすが正真正銘のお嬢様だね。私みたいな……隠し子と違う……)


 もちろん買えない訳ではない。スイカはそんな虚栄的なものに興味を持たない。価値観の違いである。


「もういいですか?重いなら手伝いますよ。」

 山田がそう言った。彼はスイカの持つ怪力を知らない。


「いいえ、私でいいです!」

 スイカは慌てた。自分の不埒な考えがバレるのが怖いから。


 ーーーーーーーーーーーーー



 22:57ーーーースイカの屋敷



「カツケ、鍵取って。」

「うん……」

 スイカはユミリを抱いているから、自分で取れない。


 和祁は思わず頷いたけど、すぐ気付いたーーーーそれって、スイカの体を触ってしまう。


 曖昧な行為だな。


 スイカはいつも鍵をポケットにしまっていることを、和祁は知っている。


(えっと、ポケットは……)

 月明かりでもって、和祁はスイカの体を観察して、ポケットを探している。


「鍵なら、カバンに。」

 AIのような冷たい声で、スイカは言った。そして、彼女は和祁を射抜くような鋭い視線で見た。


 和祁の考えたことは見抜かれたのだろう。幸い、スイカは追及するつもりはなさそうだ。


(やはりかってに体を触らせてくれるわけないな。)

 和祁は苦笑した。


「お財布の中に。」



 それはクリムゾンのプラスチック製の財布。表面に絵などなくて、小さくて細い金色の鎖がつけてある。

 スイカはずっとこの財布を使っているので、和祁はすぐ見つけた。


「黄金?」

「うん、しかもたかいぞ。」


 軽いだが、スイカがそういうなら、この鎖は黄金に違いない。


「スイカもこういう飾り買うのね。」

「どういう意味?私も女の子だよ、当然のことでしょうが。まぉ、でも確かに寄り道する時適当に買ったの。」


「適当って……」

 和祁はこくりと喉を鳴らした

(お金持ちはやはり違うな。)


「欲しいの?欲しけりゃあげる。」

「ええっ?本当?」

 和祁は驚いた。それは金の問題ではなく、スイカはずっとこの財布を愛用していて、深い感情を持つのだろう。


「でも条件あるの。その……この子……カツケの婚約者さんと変なことしないで……しばらく……」

 自分の理屈に気づいて、スイカは「しばらく」と補充した。


「変なことって?しないけど。」


「うん、じゃ持っていけ。あっ、いい価格で売れるように~」

 和祁が金を狙っているということは見抜いたぞと宣言するように、スイカはそう言った。

 そして、彼女も本心でそう祈った。


「うっわ!?」

「ええっ!?」

 スイカの言葉が終わるが早いか、抱かれているユミリは急に叫び声を出して、スイカを驚かした。


「なんだよあなたは!?」

 スイカはユミリを離して、叱るように言った。慌てすぎてタメ口だった。


「なん、なんの価格!?まさか、わたしを……」

 ユミリは床に立って、震え始める。


「誤解だ、誤解。」

 和祁は彼女を慰める。


 明らかにユミリは二人の会話の一部を聞いてしまった。そして自分か売られると思い込んだ。


「……一体、誰ですか?」

 ユミリは警戒しながら聞き出す。


「犯罪者達を倒した人ですよ。彼らはもう捕まえた。」

 スイカは説明する。なんだか口調は嫌味に聞こえた。


「僕らは悪いヤツじゃないから、安心して。」



「では、ここはどこですか?」

「私の屋敷です。」

「やしき?」

「大きいな家ってことです。big house、わかります?」

「うん。」


 そしてユミリは踵を返して見回そうとする。しかし麻酔の効果はまだ残っているらしく、彼女はよろめいた。そして暗いから、目の前にある門しか見えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る