誰かと付き合ってみたい(5)

 スイカが振り向くと、車や人々に怯えて動けなくなったこいぬが道の真ん中にたっている。今は安全だが、信号機が変わったらぶつけられるかもしれない。

「ス、スイカ、なんとかしないと。」

 慌てるだろうか、息切らしただろうか、和祁はどもった。

「救ってくる。」

 もちろん二人はそのまま犬の死を見たがらない。スイカは言い終わるか終わらないかのうちに飛び出した。矢のごとく犬へ突進していく。運動したからか、緊張したからか、汗が額に出てくる。


 信号機が変わるまでたっぷり時間があるはずだけど、スイカは焦らないわけがない。


 日差しによって、視界が明滅する。爽やかな春風が彼女を撫で汗を干して冷たい感じを与えた。


 近くの人々は早く走っている女の子に目を奪われている。


 スイカは力を計算し、重心を調整して、全然足を止めずに、腰を曲げて両手で犬を拾い上げて、腹の前に抱きしめて、一気に道を横切った。


「その子、早くねぇ?」

「見た見た?キレイだろ、動きも体も。」

「あっ、その犬助かった。」


「……」

(云々されるのが嫌いじゃないけど、噂にならないでほしいな。)

 と、スイカは思っていて、抱いた犬を見下ろす。

 犬はぞくぞく震えていて、尻尾も下がっていて、元気なさそうに見えた。


(すごくショックだったんでしょうね。)

 和祁の敵だったものに、スイカは同情を伝えた。こいぬの心を癒したいと思った。


 そして、急に、犬は口を大きくひらけた、あくびするように。


 最初、スイカはその動きの意味に気づけなかった。


 彼女は何もせずに、そのまま見ていた、犬の歯が彼女の腕に深く突き刺さったのを。


 痛みで、スイカ顔を顰めた。


 ………………………

「病院に行かない?狂犬病に気をつけないと。」

 二人は続けて道を歩いている。車の音や人々の話し声は伴奏になっている。

「いらん。袖のおかげで、傷はなかったから。」

 二人は学園に行ったから制服を着た、そしてそれは防弾制服。

 痛かったけど、幸い傷がない。


「慎重にした方がいいと思う。」

「いやいや、しかも、直接噛まれたとしても幻紋は私の体を守るわ。」

「フラグ、フラグだ。」

「フラグじゃないの。あほら、以前も犬に噛まれたことあるでしょ。大丈夫だったよね。」


「それな。だからこそずっと狂犬病に患ったか疑った。いつも乱暴で。」

 言い終わると、和祁はやべぇと意識してきて、後悔した。


「はぁ?その言い方なんだよ!?」

「いや、手加減して!」


 そして、スイカはただ何気なく和祁をつまずかせて転ばせた。


「人達が見てるから……」

 立ち直った和祁は弱気に文句を言った。

 やはり彼はスイカのことでふざけると仕返しされてしまった。


「カツケ酷いから。自分のせいでしょ。以前ほどやさしくないから。」

「いや、以前僕はいたずらな中二病だったじゃないか?」

「確かにそうだったね。でも、優しくなかったわけがない。」

「えっ?」

 和祁はキョロリと目を見開いた。スイカが言い出した言葉は予想外だった。


「せっかく褒めてあげたのに、この反応はなに?『ありがたいや』と叫ぶのはともかく、もっと積極的に!」

 スイカは不機嫌に頬を膨らませた。


「あっ……」

 感嘆の声を漏らしてから和祁は黙って考え込んだ。しばらく、彼の返事はーーーー

「じゃ、僕の顔文字コレクションの二つ目を送ってあげようか。」


「えっ?」

 とても予想外だった答え。スイカは目を細め、思わずに和祁のスマホを取り出して、開いた。


「キーボードで。」

「わかってる。」

 スイカはキーボードを呼び出して、顔文字コレクションを見つけた。


「歩きながらスマホをいじるなって。」

 和祁が注意した。


「くくっ、私なら大丈夫だよ。」

 その顔文字を見て、スイカは笑い出した。それから返事した。


「敵は油断する時に来るってあなたが言ったんじゃないか。」

「それはカツケにとって。私はOKですっ。って、この顔文字面白い。カツケがこのようになるのがみたい!」

 それはテンション高そうに萌える顔文字である。

「できないけど!」

 和祁は即答。


 二人は笑いあった。


「ところで、あの方は夜に着くわけね?その前どっかで思い切り食べようか。」

 スイカが提案した。


「いいけど。」


「けど?」

 スイカは迷いそうに和祁の顔を見上げた。人間を見るこねこみたい。

 もちろん彼女がおごるから、和祁は金に困る必要がない。だったら和祁が困ったのははなぜ?


「あのお嬢様を連れて一緒に行かないか?ちゃんともてなさないと。」


「はぁ?まさかカツケはお人良し?8時着くでしょ?晩ご飯をその時まで我慢できないでしょ。まぁ、一緒に夜食するのはいいけど。」

 スイカはバカを見るような目で和祁を睨んだ。


「それな。」

「一番重要なのは、私はお、な、か、す、い、て、る。」


「でもね、その方はお嬢様だから、敬意をしっかり伝えたいと。」


「正真正銘のお嬢様一人はあなたを見ているのに!!私への敬意は!?」

 ガオーみたいな叫びをスイカが出した。


「あっ、あの方は千里の道を通しとせずにやってきて、もちろん大歓迎するべきだと。」

「夜遅く晩ご飯を食べるのはなんの歓迎かよ。」

「……そうだな。」

「それに……そんなに慎重なのは、彼女が婚約者だから?未来のお嫁さんだから?」

「いや、そういうわけじゃないから。」

「じゃ、婚約者がいて、嬉しい?」


 会話はますます変な感じになっているけど、和祁はそれに気付けなかった。


「正直、嬉しくないわけない。もてない僕は急に婚約者が現れて、夢みたい。」


「あったこともない人なのに?」

 スイカは慎んだ口調で訪ねた。


「それでも、婚約あるから。」

「本当に付き合うつもり?」

「その方がよければ、僕は拒否しない。それくらいかな。」


「なぜ?」

 ためらったあと、スイカは聞き出した。


「やはり……その……誰かと付き合ってみたいなって。」










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