2話

 大型デパートを出て、数メートル先にあるタクシー乗り場に向かった。

「ご乗車ありがとうございます。どちらまで?」

 タクシーの中に入ると、そこには50代ぐらいの男性がこちらを向いていた。

「あー……ここ、なんですけど、大丈夫ですかね?」

 俺はポケットに入っていたスマホで地図アプリを起動させ、少女を借りられる場所を検索し、その運転手に見せた。

「ああ……分かりました」

 その運転手は少し顔を険しくしたが、一応大丈夫だったらしい。

「それでは、シートベルトの方をお願いします」

 そう言われ、俺はすぐにシードベルトを着けた。間もなくして、車が発進した。

 まさかとは思った。まさか——その場所が、森の中だったなんて。

 俺が住んでいる界吾かいあ市には、結構大きい山、というか森がある。それが界吾森とかいう、そのまんまの名前。

 まさかそこに、少女が借りられる施設があるなんて。

 そもそも、そこは、かなりの木で密集しており、建物なんか建てられないほどなのに……なぜ。

「にしてもお客さん、森に行くなんて珍しいですね。今までタクシーの運転手としてやってきましたけど、そんなこと言われたことないですよ」

 バックミラーに映った俺の顔を見ながら、少し笑いながらそう言う運転手。

「はは……そうですね」

 運転手とは違い、俺は乾いた笑いをして外の方に目を向けた。

 スーツ姿の男性、ワイワイと楽しそうに遊んでいる子供など……特に子供なんかそうだが、俺はあんな子供のように楽しい人生ではない。

 姉もいないし妹もいない。さらに言うと、両親は別なところで暮らしている。

 まあ、つまり、俺は今、一人なわけだ。クラスメートなどという存在はいるが、それは学校だけの話であって、学校から帰れば、俺は一人だ。

 一人というのは、少し辛い。そんな辛さを紛らわせたいがために、俺は今、少女を借りようとしているのだ。

「お客さん、なんで森に行くんですか?」

 数分間が開いたと思ったら、運転手が口を開いた。

「ああ……それは——」

 と、そこで言葉を止めた。

 果たして、この運転手に、そんな目的を言っていいのだろうか。

 「それは……友達と遊ぶんですよ」

 嘘を言った。もしかしたら、本当のことを言っても大丈夫だっかもしれない。

「そうですか。……友達と、森ねぇ……」


 20分ほどタクシーに乗り、俺の目的だった界吾森の入り口まで来た。

「ええと……料金、1500円です」

「ああ、はい」

「ありがとうございます」

その運転手にタクシー代を払い、忘れ物がないか確認して降りた。

「あ、お客さん」

と、運転手が俺を呼び止めた。

「一つ言っておきたいんですけど、その森には、がいるとかっていう噂があるんですよ」

「普通じゃない女の子?」

 助手席の窓が開き、俺はその運転手に聞く。

「はい。見た目は、普通の女の子ですけど、何やらよくない能力を持っているとかって……」

「……へ、へぇ」

 意味が分からなかった。それは、単なる噂だろう?

「まあ、お気をつけて」

 運転手はそう言ったのち、助手席の窓を閉め、走り去っていった。

「能力を持った女の子……?」

 とにかく、俺は運転手が言っていた言葉よりも、その施設を探すことにした。

 

 森に入ること20分ほどが経過した。

「ん……あれは」

 前方に見えるのは、全体が白く塗られた2階建ての家のようだった。

「これは……すごいな」

 ここ界吾森は、いたるところに木が生い茂り、建物なんかは建てられないほどの地形だったはずだが……その家が建っている周りには、木が生えていなかった。

 まるで、その家が建つためだけに、こういう地形になったみたいな。

「…………」

 俺はその家のドアノブに手をかけ、ひねってみる。

 鍵などはかかっておらず、すんなりと開いた。

「こんなところで少女が借りれるのか―—うわっ!?」

 その家の中に一歩踏み込むと、急にドアが閉められたのだ。

「……開かない」

 ドアノブをひねってみるも開かない。こちら側からは鍵はかかっていないのだが、向こう側で誰かがドアを抑えているような感覚があった。

「……はぁ」

小さくため息をつき、俺はこの家の中を見てみることにした。


「——おっ、来客がいたとは。これは失礼」


 リビングと思える場所に入ると、そのソファには一人の男が、少々分厚い本を片手に座っていた。

「……誰だ?」

「ああ、私はアバスチャス。通称、アバスだ。多分、ここで名前を憶えたところで意味はないと思うけど」

「……?」

 当然だが、この人が何を言っているのかは分からない。

「それで、ここに何の用かな?」

「ああ……なんか、少女が借りられるっていう看板を見て」

「なんだ、レンタルしたいのか」

 俺がそう言うと、そのアバスとかいう男が、本をパタンと閉じおもむろに立ち上がった。

「いやぁ、ようやく来てくれたよ。なんせここ最近は、借りる人が来なくてね」

「そ、そうなんだ……」

「それじゃあ、案内するよ。私の後を付いてきてくれ」

「は、はぁ」

 アバスがゆっくりと歩き始めたので、後を付いていくことにした。

「ここだ」

 二階に上がり、とある部屋の前まで来た。

「この部屋で借りられるのか?」

「まあとりあえず、入ってくれ」

 アバスの言われた通り、俺はその扉を開ける。

 ここから見た限りでは、別に何ともない部屋だった。

 勉強机、ベッド、丸い木のテーブルなど……いたって普通の部屋に、なぜ呼んだのだろう。


「な——ッ!?」


 ——俺がその部屋に踏み入れた瞬間、さっきまでの普通の部屋から、に変わったのだ。

 どういう原理だ……しかも、俺が入ってきた扉が無くなっている。

 お、落ち着け。まず、整理しよう。

 外から見たときは、本当に普通の部屋の内装だった。だけど……そこに入った瞬間、崩壊した街の風景が映し出された。

 これは……映像なんかじゃない。しゃがみ込み、そのバラバラになった部品に手を触れる。……たしかに、硬い感触はある。

「……なんだ、ここ」

 アバス……どういうことだ。

「あれは……少女?」

 数メートル先には、膝くらいまである長い黒髪。フランス人形のような、可憐な顔立ち。だけど、その表情はぴくりとも動いていない。

 なぜ少女が、こんなところにいるのだろう。

 こんな、崩壊した街に、どうして、一人の少女が立っているだろう。

「……君は、ここの住人だったのか?」

 見ると、その少女が着ている黒い服は、所々穴が開いていたり、靴を履いていなかった。その黒く汚れた裸足で、瓦礫の上を歩いていたのだろう。

「……答えてくれ」

「…………?」

 俺がそう言うと、その少女はわずかに首を傾げたように見えた。

 俺は、その様子を見て、ゆっくりと前に進んだ。

 ——そして、少女の目の前に来た。

 「……ぁ」

 と、その少女が俺と視線が合った瞬間、一瞬だが、声を漏らすような音が聞こえた。

「…………」

 無言で、俺のことを見続ける少女。その瞳は、少し潤んでいるように見えた。

「ここは……なんなんだ?」

 少女の、その潤んだ瞳を見ながら、そう言う。

 少女は少しの間黙っていたが、やがてその柔らかそうな唇を開いた。


「——ここは、あなたが、すんでる、せかいじゃ、ない。わすれ、さられた、はいになった、せかい、なの」


「……あなたは、ここに、きちゃ、ダメな、んだよ……ッ」

「えっ?」

「だから――きえて」

 少女はそう言った途端、右手を俺の胸に強く押し当てた。

 その瞬間、俺の体は空中に浮きあがり、ものすごいスピードで後方へと飛ばされていった。



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