第6話『主人が主人なら奴隷も奴隷』

彼女は颯爽と走る。

一歩二歩三歩と駆け抜ければ、モンスターは何も出来ず魔石へと変わる。

「これで銅貨九枚」


ハイゴブリン、三階層に主に生息しているモンスター。

ドロップする魔石は一つ銅貨三枚で換算される。

冒険者を始め一週間もたってない新米が起こした結果としては上々も上々。


しかし、彼女は満足していなかった。

「微妙」

ジンからもらったスキル『短剣』詳しく教会で鑑定した訳じゃないので分からないがポテンシャルはきっとこんなものじゃない。


今までが嘘のように体が軽い。

短剣の適切な動かし方がわかる。

ただの商人の娘を一週間たたずにDランクに押し上げるこのスキルの性能は正直異常だ。


こんな物を私に渡して一体どうしたいんだ。



………ヒモに成りたいのか。

よくよく考えてみたら主人は最初っから目的を言っていた。

本当にジンは頭がおかしい、お金持ちに成りたいだけならすぐ慣れる筈なのに。



まぁ良い、私は奴隷だ。

主人のお望みの儘に。


彼女は更にダンジョン奥地へ進む。





「なぁそういえば知ってるか? 最近入った新人の奴隷」

「あぁ知ってる、『奇人』の奴隷だろ?」

とある酒場、そこそこ歴の長い中堅の冒険者達が酒を片手に語る。


「パーティーも組まず一人でダンジョン潜ってんの」


「あれ異常だろ」


「しかも、碌な防具付けてねぇじゃん」

「てかそもそも武器だろ武器、短剣だぜ?」

一人が喋りだすと口々に話題が飛んでくる。


「俺偶々見たんだけどよう、敵の攻撃全部スレッスレで避けんの。出来たとしても防具なしであれやるか?」

「度胸がおかしい」

「体力もおかしいだろ、あいつソロで何時間ダンジョン潜ってんだよ」

「でも、ケロッとしてるよな。 ギルドで換金してる時もそんな疲れてる感じしねぇし」


次々と出てくる常識はずれなエピソードに酒場は一気に盛り上がる。

「でも、あんな奴隷どっから奇人は見つけてきたんだ?」

「知るか! 本人に聞け」


「嫌に決まってんだろ! 『奇人』だぞ?」


「そりゃそうだ!」

酔いも程よく回ってきた男達は高らかに笑う。

ドン!

空のジョッキがテーブルに勢い良く置かれる。

「しかしまぁ本当、主人が主人なら奴隷も奴隷だな」

一人の冒険者がしみじみと呟く。


「あぁ、明らかに異常だ」

「あ、なんか有名になりそうだし今のうちに俺らで異名考えちゃう?」

「良いなそれ、おいお前ら! 名案を出したやつにはこの俺様ナディルがここの代金奢ってやる」


中堅冒険者と言えばそれなりに高給取りだ、ここらの酒場の代金ぐらい全員気軽に払える。

だが、冒険者にそんなつまんない事を考える奴はいない。

皆は知っている。


――他人に奢ってもらう飯は格別に旨い


酒場は一気に白熱する。

「やっぱ奇人の奴隷だろ? 普通に『奇人奴隷』」

「んー 確か奴隷って水色の髪に金色の目だったよな、そこらへん使えねぇかな」

「とりまあれだろ、ソロでモンスターを蹴散らす様は正に鬼、称して『鬼人』」


案が次々に出されては消えていく。


ある時、一人の男の呟きから終わりの見えない命名コンテスとの方向性が決まる。

「いやいや、お前らわかって無い。奇人引退後出てきた誰いなんだから『奇人再来』」

「あー、その路線良いな。 『奇行を継ぐもの』とかどうよ」

「悪くは無いがなげぇな、もうちょいまとまんねぇか?」

冒険者たちは顎に手を載せ考える。

奇人の代わりに奇行をする奴隷。

どうか上手く纏められないものか。


あと一歩、あと一歩で完成。

終わりが見えているのに進めない、そんなもどかしさが酒場全体を覆う。

冒険者たちは無い頭を振り絞って考えた。

そしてある時、誰かが言った。


『奇行代行者』



「「「それだ」」」



こうして冒険者ルナは陰で『奇行代行者』と呼ばれるようになった。

…………ルナ本人がそれを知り怒りに震えるのはまだ先の話。





ある日の冒険者ギルド受付にて


「それ、誰が言い始めたんですか?」

「え、えっと……誰かは分からないですが広めたのはナディルさんかと」

「へぇ、ありがとう。 ナディルさんね」

「……許さない」

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