息づく心 求める
あの夜、俺は生まれて初めて男と唇を重ねた。抱き締められた時に感じた違和感は、そう骨張った互いの硬さだった。
然しその硬さは、優しさでカバーされると知ったのも事実だった。
俺は、今まで付き合ってきた女性たちに、果たしてここまでの優しさを持って対してきたかと言われれば、NOだ。求める事だけで頭がいっぱいだった俺は、そんなこと疑問にも思わなかった。
半年前に別れた恋人に言われた事が頭を掠める。
「恭介は雑。前戯とかもっと優しく出来ないの? 丁寧に為てくれたら……もっと雰囲気良くなるのに! こんなこと女の私が言うのってなんか嫌なんだけどね」
その時は、はぁ? なにいってるんだって思った。周りの奴らに聞いても、考えていることも、やっていることも大して変わらなかった!だから全く気にも止めなかった。でも……社長は丁寧に丁寧に触れて来る。まるで壊れ物を扱うように、大事に腕の中に俺を仕舞いこむ。その感覚に溺れていく自分が怖い。
なのに結局、ほぼ毎日恵比寿の店に直行してしまう。ひと目を憚らずにふたりで過ごせるのがただ嬉しくて。他愛ない話しをているうちに、お互いの価値観を共有し、そして想いを重ね合う幸せを感じる。
お互いに恋人として認め合い、三カ月が過ぎた。
だが、社長は唇以外求めてこない。お互いにそれ以上を求めあっているのは判っているのに。
焦らされているのか? 大事にされているのか。俺はとうとう爆発した。
「社長! 今日は帰りたくないです。泊めてください。いえ……断られても行きます!」
「どうしたの? 帰らないって……」
社長のグラスを持つ手が止る。
俺は、体の火照りを感じながら
「帰らないから、絶対に帰らない」
社長は捻りよる俺の体を抱き寄せ
「判った……判ったよ。でも途中で気が変わったらいつでも言って。僕たちの関係はこれから長く長く続くんだから。無理はしないで欲……」
俺はその言葉を遮るように抱きつくと、
「一緒にいたい。あなたの傍にいたいんだ!」
そんな俺を社長は優しく抱き止めてながら、
「嬉しいよ。恭介からそんなこと言ってくれるなんて、夢じゃないよね……」
俺は返事の代わりに、その美しい唇を勢いのままに求めていた。
(仮)揺れる心 ざらつく心 息づく心 紫陽花の花びら @hina311311
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