第15話

 ミナはいつものように夕食を作る。

 皿を洗いながら、いつもの鼻歌でも歌うような陽気さはなく、未だに気がそぞろだった。


 そして手を滑らせて皿を割ってしまっても、ただその割れ落ちた破片を眺めて立ち尽くしているだけだった。


 私はその破片を拾ってやると、ミナは静かにうなずくだけで、またカチャカチャと皿を洗うだけだった。

 ミナと私に深い溝が出来たことを認めざるを得なかった。



 明かりを消した寝室で私はミナの眠るベッドへ近づいた。

 私がゆっくりと布団へ入っていくと、それまで背中を向けて微動だにしなかったミナの体は、一瞬にして反応し、こちらを向いた。


「博士……」

 ミナは音のない息だけの声で囁いた。

 私が体にすがりつくと、ミナは手で私の体を静かに押して遠ざけた。

「ごめんなさい……」


 私はその絶望すら感じる行為にわなわなと体を震わせた。

「なぜ! なぜお前は変わってしまったの!」


 ミナは私に静かに答えた。

「わたしは……タカフミに会いたい」

「タカフミ? あの男のこと!?」

「オトコ?」

「あ、いや……」

「オトコって?」

「いや、何でもないの……」

「とにかく、わたしはタカフミと遊びたい。タカフミと笑いたい。タカフミに触れたい。タカフミの全てを……」

「やめて!」


 私はロイドの言葉を塞いだ。

「あなたは勘違いしてる! 初めて街へ出た興奮であなたは錯綜して……」

「違う!」

 今度はロイドが私を塞いだ。

「わたしは間違ってない! わたしはタカフミが好きなの!」


 なんということだ!

 私はミナが愛情を生み出すことを望んでいた。

 なのに……


 しかも……しかも……こともあろうに……。


「あなたの思考回路は正常に作動してないの」

「違う! わたしは今日、街へ行ってきた。タカフミと会ってきた。そしたらタカフミもわたしと遊びたいって言ってくれた。

 わたしはまた行くつもりよ!」

「黙りなさい!」


 私は怒りに拳を震わせた。


 その手をかろうじて収め、そして私はミナにすがりついた。


「あなたは私の全てなの……」



 私に反抗しないで……。

 私の意思に歯向かわないで……。


 ミナは私を抱くでもなく、ただじっとしていた。


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