第113話 『悪役』と壁

 魔法は効かずとも攻撃は通る、【廃棄墓地】が柔らかいアンデット系ばかり出てくるのは本当に助かった。

 ゾンビの増殖が止まる……どうやらここで打ち止めか。ただ――


――アアァアア……

「っち、掴むな鬱陶うっとうしい!」


 如何せん頭を狙わなければならないので狙いが難しい、不規則な動きをされるから予測を立てるのが難しいうえに群がられるから四方八方から腕を伸ばしてきやがる!

 シアン姫たちはというと――


「はっ、やぁ!」

「……危ない、シアン姫」

「助かりましたユノさん! ……っと、一旦下がりましょうか」

「……ん。了解」


 連携を取りながらちゃんと戦い、危なくなったと思ったら休憩のために結界の中へと戻っている。安定した戦い方を彼女たちは実践できていた。

 フルル先生は、結界の中心で耳を両手で抑えながら蹲って震えている。もう魔物の声も聴きたくないのか完全に外界とシャットアウトの構えだ。


「っと、あぶねぇ……」


 意識を後ろに向けていたら左肩をゾンビに捕まれる。素早くシミターを振るって腕を斬り飛ばすと、そのまま返す刀で相手の頭に叩き込んだ。

 ピキッという音が腕から小さく鳴る――っち。俺は周りに見える最後の一匹を倒しきり、剣を鞘に納めて結界の中に戻った。


 手をプラプラさせながら、腕に違和感がないかを確認する、っつ……少し痛むな。やはり頭蓋骨を力尽くで破壊するために、力みすぎたのが原因か。


「レベルが足りん――ドロップ品は……先生に腕治してもらってからでいいか」

「タイタンさーん、こっち終わりました~」

「……ん。腕に何か違和感ある?」

「いや、魔法が使い物にならなくてな。全力で頭かち割ってたら、少し痛めただけだ」


 ぷくーっと頬を膨らませながら「……ユノのアドバイス、聞いてない」と言ってきたユノに、刎ねられるほど筋力ねぇんだよと返していると、フルル先生がそーっと耳から両手を離して魔物の声が聞こえてこなくなったことを恐る恐る確認しているのが見えた。


「大丈夫? 大丈夫だよね? みんなー、いたら返事してくれよ~……」

「周りに寄って来たゾンビたちは全部倒しましたよ」

「ほんと? ほんとだよね? 実はタイタン君の亡霊が今喋ってるとか無い!?」

「魔物化したら《絶界》通れないじゃないですか……」


 それはそうなんだけどぉ~……と目を開く勇気が出ないフルル先生。そんな彼女の姿を見てシアン姫はなにか面白そうなことを思いついたのか、にやーっと悪戯めいた笑みを浮かべてフルル先生に近づく。


「先生? さっきから誰と喋っているんですか?」

「ふぇ……?」

「タイタンさんなら、『もう少し戦いたいから』と森の奥の方へ行きましたよ?」


 シアン姫がそういった瞬間、サーっと顔が青くなるフルル先生。カタカタと震えているのが背中側のここからでもよく見える……


「あまりからかったらだめですよ、シアン姫」

「いえすみません……っ、結界内で安心したので少し魔が差してしまいました」

「……ん。この結界は、

「大丈夫? 大丈夫だよね!? 今はなしてるのはちゃんとタイタン君なんだよね!?」


 目を開けたらいいと思うんだけどなぁ……と俺は、自分の実力とは違うところで探索が難航することにため息を吐くのだった。



◇◆◇


 少し時間が遡り。タイタンたちが【廃棄墓地】でゾンビの群れと戦闘を行っていたころ――


「しっ、失礼しますお父様……」

「おぉ。来たか、えーっと…………」

「エレインでございます、お父様」

「あぁそうそう、エレイン。我が息子よ」


 両腕に薄着の女性を二人侍らせた男が、入って来た自分の息子を睥睨する。テーブルに置かれた手紙を横の女性に取らせて、ひらひらとエレインに見せつけるように振った。


「学園側から苦情が来たぞ、女を無理やり襲ったそうだな?」

「うっ……はい」

「はぁ……お前が襲った女は王女様とご厚意になさっている生徒だそうだ。今回はこちらの顔を立てて荒事にはしないと言ったが、次はないと釘を刺された。なぁエレイン」

「…………」


 女を求めるのは仕方がない、それは男の本能なのだからなと男は女性二人と共に立ち上がって女性の尻を撫でまわす。


「あんっ、もう……領主様ったら」

「息子さんの前ですよ……?」

「美女を侍らせれるのは貴族の特権――気に入った女を襲って金の権力で黙らせることも出来る……だが相手を見誤るな」

「だって……あいつは今まで一人で」

「口答えする気か? この俺に?」


 冷徹な声に、思わずエレインは息を詰まらせる。目の前の男は美人な女を抱くこと以外はほとんど興味がないのだ……自分息子の名前すらも、忘れるほどに。


「いいか? エレイン

「っ、はい……」

「俺の趣味を邪魔するな、俺に迷惑をかけるな。お前の母が誰かは知らんが……このハルマの名前を使って好き勝手してるんだろう? これからも貴族として生きていたいのなら――もっと上手くやれ」


 下がっていいぞ、俺は忙しいからな。と言い残しエレインを退室させる。エレインが部屋を後にした後、すぐに女の嬌声が部屋の中から聞こえ始めた。


 エレインは扉の前で拳を握る、その眼には憎悪の炎が渦巻いていた。


「絶対に許さない……フィノラ・ブリッツ、この屈辱は絶対に晴らす――」

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