第114話 『悪役』と廃棄墓地からの帰還
あの後2、3回同じような戦闘をした後、『さすがに疲れてきた』とフルル先生が魔力切れの兆しを見せたので俺たちは帰ることにした。
結局、目当ての魔法書は出なかった。いくつか宝箱を見つけたが、その中もしょっぱいもので今日は退散だ。
「もう夕方か……」
「疲れましたー、あと鼻がマヒしたのかくさい臭いがしなくなっていたので自分が臭くないか不安です」
「……すんすん。王女くさい」
「がーん!」
ユノにくさいと言われたシアン姫が愕然としている。俺はそんな光景を眺めながら、右腕を擦っていた。
「まだ痛むかい?」
「いえ……ただ、あそこの敵でも力の限り全力で剣を振らないと倒しきれない俺が弱いなと思って」
「まだまだ先は長いさ。だって5月だよ? 君が入学してから1か月しか経ってない、ゆっくり強くなればいいさ」
「…………」
はい、とは言えなかった。フルル先生は俺に『生きること』を教えてくれている、きっとそれは正しいのだろう。
でも俺は、
俺は適当に誤魔化す。おそらく、彼女にはバレてしまっているだろう……ちらりと横を歩いているフルル先生の表情を見ると、今にも泣きそうな寂しげな表情をしていた。
「……君は、大バカ者だ……」
「それでも、俺は英雄になりたいんです」
「……どうして、なのさ」
「『綺麗に死ぬため』……ですかね」
俺の目指す先に、もう『生きるため』の道はない。困難も、危機も、全ては俺が強くなるための手段――食らうためなら、喜んで飛び込んでやる。
「……意思を曲げる気は、ないのかい?」
「生憎、今まで貴族として生きてきたので」
「それは……っ、君はもう、自由なのに……」
「貴族の人生を否定することは、俺の今までと現在を否定することと同じですよ」
前を歩いているシアン姫とユノを見ながら、俺はフルル先生にそう告げた。
シアン姫は王女として生き、王族としてここにいて、女王としてこれからを考えるだろうし、ユノは平民として生き、復讐者としてここにいて、犯罪者としてこれからを生きるだろう。
俺はどちらも否定するつもりはない。
『下々と同じ立場で考えろ』なんてシアン姫に言うつもりはないし『復讐なんてなにも生まない』なんてユノに善人ぶるつもりもない。
だから俺も貴族として生き、最弱としてここにいて、英雄としてこれからを生きたい――それだけの話だ。
「……ボクは、君を止めるよ。タイタン君」
「構いません。俺はそれを否定しませんので」
「みんなにも、協力してもらうけど……良いのかい?」
「良いんじゃないですか? 止められるものなら」
『意にも介さない』という俺の言葉に、フルル先生は悲し気な顔をしてこれ以上何も言わなかった。
自分を救うことができるのは、自分だけだ。歩みの遅い俺たちを心配そうに前から声をかけてきたシアン姫に軽く手を上げながら、俺はそう思うのだった。
「じんぱいじまじだよおおおおおおお!!! 大丈夫ですかぁ~!? ここにいるみんなはゾンビとか幽霊とかじゃないですよねぇ~!?」
「離れよフィノラ先輩殿! この時のために清めの塩を……っ!」
「もったいないからやめろヒサメ」
学園に帰ったことを知らせるために魔術研究部に行くと号泣しているフィノラ先輩と、こんもり片手に塩を盛ったヒサメが待ち構えていた。
フィノラ先輩はパンツが見えることも厭わず縋りつくようにシアン姫たちの脚にしがみついてるし、ヒサメは俺の方にパッパパッパ塩撒いてくるし……カオスだ。
「そんなに幽霊とかゾンビが怖いのか」
「だ、だだだだってあやつらは斬っても立ち上がるではないか! 幽霊に至っては斬れぬ!」
「魔法だったり属性攻撃のスキルが存在してるだろうが……」
「まだ、拙者、覚えておらぬ!」
ヒサメがすごい剣幕でそうまくし立ててくるあたり、本当に苦手なんだろうな……と俺が塩塗れになりながら呆れる。
しばらくして二人とも満足した――いや、正気に戻ったのかバケツと雑巾を持って床掃除を始めた。
……床中塩だらけだ、魔術研究部に入ってから何回部室を掃除してんだよ俺たち。
「それでぇ~? 成果はどうでしたか~?」
「ダメでしたね。魔法書は出ませんでしたし、俺に至っては敵は倒せるけど身体の負担が大きい……しばらくはフルル先生の治癒と結界にお世話になりそうです」
「あら~……そうなんですかモーレット先生ー?」
「……ん? あ、あぁ……そうだね」
フィノラ先輩の急な話題振りに、上の空だったフルル先生が慌てて生返事を返す。さっさと箒で床を掃いては、何か思い悩むように手を止めることを繰り返していた。
「先生、どうしたんでしょうか……」
「……廃棄墓地から帰ってこれて、安心してるんじゃないですか?」
「まぁ、すっごい怖がってましたしね……」
シアン姫もフルル先生の違和感に気が付いたのか、心配そうに先生を見ている。思い当たる節はある……が、俺が言うことでもないので適当にごまかすことにしておいた。
「……ん。ヒサメ、まだ残ってる」
「ひいぃ……掃除とはこんなにも辛いものなのかの……もう見るからに綺麗ではないか」
「……塩なんて細かいの投げたから、隙間に溜まってる」
「拙者の短絡的な行動をこのように後悔する時が来るとはの……」
ユノとヒサメは雑巾片手に床掃除をしている――いや、ヒサメが散らかしてユノがフォローしているなあれ。
やはり王女が汚い雑巾に触れたり床に膝をつくことは難易度が高い……わけじゃないなあれは、単純に『掃除をする』ということをしてこなかったから知識がないだけだろう。
現に……
「拙者の、拙者の手が汚れて……はっ! タイタン殿に触れた塩を掃除して拙者が汚されておるということは、タイタン殿に汚されておることと同義なのでは……?」
「同義なわけあるか、自分が蒔いた種を自分で回収してるだけだろ。さっさと掃除しろ」
「くっ、一国の王女に膝をついて下女と同じことをせよと申すのか! それは、それはぁ……はぁ、はぁ……っ!」
「…………」
ヒサメはこんな
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