第112話 『悪役』とゾンビ

「うううううううぅ……」

「諦めてくださいフルル先生、それとも帰ります?」

「いや……いや! 生徒を守るのは先生の役目、な、んだけどぉ……」


 ゴトゴトと揺れる馬車の中で、フルル先生が小さく隅の方で三角座りしてる。生徒に危険が及ばないようにボクが行かないと――と、ぶつぶつ繰り返しながら自分を鼓舞しているらしいが、あまり効果はないらしい。


「ところで、タイタンさんはまたなんで【廃棄墓地】へ? 同じような強さのダンジョンもあるでしょうに、先輩やヒサメ様を置いてまで」

「……まあ、用があってな」

「……用って?」


 ユノの問いに対して正直に『魔物が落とす魔法書だ』――とは言えず。俺は適当にごまかすことにする。


「【廃棄墓地】の魔物は基本的にアンデットだ。力は強いが、動きは鈍いし柔らかい……ここ三人は全員、速さはあるが力はないだろう? 相性が丁度いい」

「なるほど、確かにそうですね」

「うええええぇ行きたくないよぉおおおおおお~」


 何とかごまかすことは出来たようだ。フルル先生も【廃棄墓地】に行かないといけないことに気を取られ過ぎて誤魔化したことに気が付いていない。

 ……発見されたことがない魔物のドロップ品をなぜ知っているのかなどと突っ込まれたら面倒くさいからな。


 俺はがたがたと揺れる馬車の外を見ながら、少し湿り気を帯びてきた空気を肌で感じ取り目的地が近付いてきているのを悟るのだった――



 【廃棄墓地】の入り口まで送ってもらい、俺たちが馬車から降りるとすぐさまぴんっとフルル先生が手を上げる。


「はい! 先生からの注意! みんな一緒になって動くこと、誰か一人でも遅れそうだったら待ってあげること! いいね!?」

「モーレット先生……私たち、小さな子供じゃないんですから……」

「い・い・ね!?」

「は、はい!」


 有無を言わせぬ剣幕で団体行動を指示するフルル先生。多分自分が迷子になったり、誰かが迷子になって【廃棄墓地】を散策するのが嫌なのだろう……

 顔を真っ青にしながら『ボクが後ろから見ておかないと……』と言っているフルル先生はいつもと気合の入り方が違う。


「んじゃ……行くぞ」

「……稼ぐ」

「強くなります!」

「うぅ……帰りたい……」


 俺を先頭に気合の入った四人が【廃棄墓地】へと足を踏み入れる。魔法書、出てくれるといいが……


 【廃棄墓地】は空気がジメッとしていて霧が濃かった。地面がぬかるみ、アンデット特有の腐乱臭が微かに臭う……死の臭いだ。


「うっ……噂には聞いてましたが、酷い臭いですね」

「……長時間居たら、ユノたちも臭くなる」

「お、おいてかないでくれよぉ……」


 シアン姫たちも鼻をつまんでしかめっ面だ。ゲームはもちろん臭いなんてなかったが……これはひどいな。


「足元に注意しろ、ぬかるむし滑る。それに――」

 ――ぼごぉ!

「……ゾンビが湧いてくるぞ」


 俺の足首を掴もうと地面から突如生えてきた手を、後ろに跳んで回避する。ぼごっと地面が大きく隆起したかと思えば、地面から這い出るように一匹のゾンビが湧き出てきた。


「いやあああああああああ!」

「周りに注意しろ! アンデット系は生きているやつの生気を求めてやってくる、こいつだけだと思うな!」

「……了解」


 ――ボゴボゴボゴボゴボゴっ!


 一体のゾンビに呼応するように、周りから一斉に腐った手が地面から出てくる。ゲーム以上に厄介だな!


「《絶界》! こ、これでボクたちの周りは安全だから危なくなったら戻ってきいやあああああ結界にへばりついてるうううぅ!」

「先生、地面は!」

「じ、地面も結界で覆ってる! 結界内にゾンビが出てくることは無いはずだよ! だから早くぅ~!」


 フルル先生がいると、即席でセーフティーゾーンが作れるのが強い。もちろん強い魔物になってくると結界を無理やり突破してくるが、フルル先生自体が強いのでここら辺の魔物なら結界を超えてくる奴はいないだろう。


「俺は前、二人は後ろだ」

「一人で良いんですか?」

「自分がどこまで戦えるのか知りたい」


 俺はシミターを抜いて目の前のゾンビに切りかかる。柔らかい肉を切るような感覚――これは一太刀一太刀丁寧に切らないと滑るな……

 ゾンビは俺に腹を大きく斬られたが、そんなことは気にしないとばかりに俺につかみかかろうとする。俺は返す刀でこっちに伸ばしてきたゾンビの腕を斬り飛ばした。


「足か腕を優先的に狙え! 腹や心臓は大したダメージにならん!」

「くっ、人型な分厄介ですね……っ!」

「……首を落としたら、動かなくなった」


 なるほど首か! 俺はシミターを水平に構え、鋭く目の前のゾンビの首元目掛けてぐ、が――


――ぉあああぁぁ……

「っち、ここでステータス不足が足を引っ張るのかよっ!?」


 シミターは首の中ほどまで入り込んで、そこで止まった。飛ばしきれない……捕まれないように最初に腕を斬り飛ばしておいて助かった。

 シミターを強引にゾンビの首から抜き、そのままの勢いで別の近寄ってきていたゾンビの脳天をかち割る。


 うっ……結構グロい光景だが、その甲斐あってか脳天をかち割ったゾンビの動きが止まり、身体の消失と共にドロップ品を爆散させた。

 倒す手段は得た……が、シミターを持つ腕に負担がかかりすぎるな。


「《パラライズ》……ダメか」


 一応ゾンビの心臓目掛けて《パラライズ》を撃ってみたがピンピン生きている。いや、ゾンビだから死んでいるのだが――なら《ポイズン》は?

 スライムが毒に感染した時のことを思い出しながらゾンビに向けて《ポイズン》を放ってみる。


「……こっちもか」


 ピンピン死んでいるゾンビたちを見ながら、俺は軽くため息を吐く。つかみかかって来たゾンビの腕を斬り飛ばしながら、《ポイズン》が効かなかった理由を探る。


(おそらく、生きているか死んでいるかの違いだろうな。生物系統はスライムといった不定形であれ神経が通っている一方、こいつらは神経が身体を動かしているわけではない……)


 俺はタッと結界の中に戻り、冷静にゲームの時のゾンビの説明文を思い返すことにした。


――生前の自分の肉体を忘れられない怨霊が、死体に憑りついて動き出した魔物。完全なる復活を本能的に求め、生者の生気に寄せられる。


 怨霊か……つまり『念』とか『魔力』といった系統で動いてるってことか?俺は再び湧いて出てきたゾンビの頭をかち割りつつ、今の自分の魔法では対抗手段がないことに歯噛みするのだった。

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