第111話 『悪役』と新たな魔法を求めて

 目が覚めると、まだ夜明け前の薄暗い部屋が視界に映る。ごわごわとした肌感で、昨日は制服のまま寝てしまったことを思い出す。

 そしてあの夢……昨日のもやもやが嘘のようにすっきりしている。やるべきことを再確認したからか。


 強くなる方法はなんだっていい、協力でも『切磋琢磨』でも――だが、俺はやはり『抜け駆け』の方が性に合っている。

 無論、足を引っ張ることはしない。それは自分に限界が来てからだ……安易な方法だとしても、強くなれるのならこの身を犠牲にしても構わない。


「汚く生きるより綺麗に死ね、タイタン・オニキス。死を恐れるな、抗え」


 ぎゅっと拳を握りながら、自身を鼓舞するように俺はそう呟くのだった。


 朝練――までに時間がある。俺は手早くシャワーを浴びて、しわだらけの制服に手を通す。

 シミターを腰にさげて、近くの森へ。仮想敵は――シナリオ上のラスボス。


 覚えている……どんなスキルを持っていて、どんな攻撃をしてきて、どんなステータスなのか。嫌というほど何回も倒してきた。

 レベルは圧倒的に上、今の俺の攻撃なんか全く効かない……『だがこれでいい』。


「――貴様を倒さねば、先に行けんのだ」


 今の自分が届く敵じゃ、自分に何が足りないのかが分からない。レベルや武器の強さは当たり前……小手先ですらも通用しない強大な魔物を相手に、俺はあと何が必要だ?


 己の無力を知る朝が、始まる。



 突然だが『学園カグラザカ』というゲームにおいて、ラスボス――とよばれる敵が何体存在するかを知っているだろうか?

 答えは――150体だ。


「っくそ……!」


 150体組手……いや、組手にもならなかった一方的な虐殺を何回も食らった俺は滝のような汗を流すためにまたシャワーを浴びていた。

 なすすべなく首を刎ねられた、一太刀浴びせるまでに何回も攻撃を食らった、初手で心臓を凍らされた――そんなことの繰り返し。


 つまり、『勝負の土俵にすら立てていない』。今の俺がそれを痛感するのには十分すぎる成果だった。


「ターン制だったゲームならまだしも、リアルタイムで進行してく現実世界でラスボスたちの攻撃を目で追っている時点で反応する暇はない……」


 冷たい冷水を頭から浴びながら、反省点を口に出していく。《パラライズ》、《ポイズン》の状態異常はタイタンなら確率を無視してかけられる……とは思うが。


「――いや、魔法防御力が高すぎる魔物を相手に関しては効きにくいと仮定して進めた方が良い。一発撃ったら効くとか以前に、シミュレーションではそもそも発動すらさせてもらえなかった」


 才能に驕れば死ぬ――俺は今現実的に勝てる手段を模索していく。何をすれば勝てる……いや、『抜け駆け』しろ。何を勝てる?


 これは単純明快だ、攻撃させなければ理論上勝てる。攻撃を食らわなければ《ポイズン》がかかるまで連打してやればいいし、ゆっくりと心臓に《パラライズ》の照準を合わせることだってできる。


「問題は避ける、受け流すといった動作が間に合わないということなんだが――」


 いや、間に合わなければ『間に合う速度まで足を引っ張ったらいいのでは』?

 俺の脳内で一つの状態異常魔法の存在が思い浮かぶ。これだ、これなら――俺はシャワーを止めながら、やはり魔法は『可能性』だなと確信するのだった。


 そして放課後――


「【廃棄墓地】に行きたいんですけど」

「はっ、【廃棄墓地】ですかぁ~!?」


 お待たせしました~と若干息を上げながら最後に部室に入って来たフィノラ先輩に、俺はそう告げる。

 ――と、顔を真っ青にしてカタカタと震え始める先輩。


「た、たしかに魔術研究部が行ったことのないダンジョンですけどぉ~……やめませんかぁ? ほら、あそこってじめじめしますし~……」

「かといって、6月になったら梅雨が始まるんですからもっとじめじめしますよ」

「そもそもぉ……行かないって選択肢がありませんかぁ~?」


 遠回しに『行きたくない』と涙目になりながら俺を説得してくるフィノラ先輩。だが俺はあそこの魔物に用がある、低確率の魔法書をゲットするために何日も通う必要はあるが……


 ヒサメやユノは【廃棄墓地】というダンジョンの存在を知らずに首をかしげている。そんな二人にシアン姫が【廃棄墓地】の説明をしていた。


「はるか昔、大きな災いによって人が大勢亡くなったんです。城の記録によると流行り病が原因と言われていましたが、数が多すぎたのと時間をかけると遺体をネズミや野犬に荒らされて更なる病気の拡大の恐れがあったために満足のいく埋葬が出来ず……」

「…………もしかして」

「はい、アンデットや幽霊が湧き出るダンジョンと化してしまいまして。やむなく廃棄された巨大墓地です」


 そこには怨念と憎悪、生への執着が渦巻く悪霊のダンジョン――だったか、ダンジョンの説明文。

 アンデットたちは墓地に侵入した者の生気せいきに反応して近寄ってくるらしい……まぁ、つまり。


「先輩、怖いんですか?」

「こっ、ここここ怖くなんかないですよぉ~!? ただ、ただちょ~っと湿気がすごくて髪に悪いっていうかぁ~!」

「……怖いんですね」

「うぅ~……はいぃ……」


 フィノラ先輩がうずくまって頭を抑える。幽霊やゾンビといったものに彼女は強くないのだ、無理は出来ない。


「じゃあ、付いてくる人ー」

「あ、私は行きますよ。そろそろ【風吹く丘】だとレベルが上がりませんし」

「……ん。ユノも行く」

「せ、拙者は遠慮しておこうかのぉ! うむ、遠慮じゃ遠慮。拙者はおしとやかなおなご……」


 ダメな人がもう一人いた。というか意外や意外、ヒサメがダメだったのか。プルプルと肩を震わせて顔を青くしながらもうんうんと離れていくヒサメの肩をガッと捕まえる。


「おいヒサメ」

「ら、乱暴なのは嬉しいが今は離してくれんかのぉ!? せ、拙者は今おしとやかな気分ゆえに!」

「おしとやかな気分ならついてこい」

「嫌じゃー! いきとうないいいい!」


 ヒサメが涙目になりながら絶叫する。まぁ半分冗談だ、行きたくないのなら無理に連れていく必要もない……安全性は落ちるが。

 となると――俺は最後の一人に目をやる。ずっとここにいるのに全く喋っていない先生はなにしてるんだ?


「……………………」

「き、気絶してる……」


 どうやらフルル先生もダメらしかった。おいおい、まともに動けるの三人かよ……

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