第109話 『悪役』とみんなの答え

「――とまあ、こんな感じだよ」

「……我が国の政治の杜撰ずさんさを突き付けられて、恥ずかしさと申し訳なさで死にそうです」

「ま、まあどの国も同じじゃの……」


 手で顔を覆って落ち込んでいるシアン姫の背中を優しくぽんぽんと叩いているヒサメ。

 まぁまぁとフルル先生が宥めながら、スッといつもは見ないような冷たい笑みを浮かべた。


「ボクたち学園側も舐められたら困るからね、『次やったら』って釘は刺しておくさ」

「……選んでもらう?」

「もちろん――息子か、家かさ」


 もみ消しは何があってもしてやらない、と固くぎゅっと拳を握るフルル先生。『シアン姫と同じ部活の先輩』っていうところも牽制になるからね、と冷たい笑みを消して彼女はほうっと軽く溜息を漏らして冷徹な雰囲気を霧散させた。


 俺もフルル先生の言葉に同意する。


「王族に現行犯されてなお謹慎処分で済んでいるのは、ひとえにその貴族が領地を任されているからだ」

「……どういうこと?」

「愚息一人のせいで、すぐにお家取り潰しとなれば何千人と路頭に迷うからじゃよ……貴族は良くも悪くも責任がある立場じゃからのぉ」


 ユノの疑問にヒサメがため息をつきながら答える。『学園側のこの後の動きとしては、王に今回の事件を報告するといった感じかの?』とヒサメがそう言うと、フルル先生は頷いてフィノラ先輩の方を向いた。


「フィノラ君ごめん。これがボクたち『ただの先生』が出来る精一杯だ」

「いえ~、何もしてくれないより何倍もいいですからぁ~……それに~」


 可愛くてつよーい人たちがぁ、後輩に来たんですから~!とぎゅーっとフィノラ先輩がシアン姫たちを両手いっぱいに抱きしめている。

 シアン姫たちも苦しそうだがまんざらではなさそうだ。俺は適当に部室に積まれていた椅子を下ろして座って一息ついた。


「あ~! 忘れるところでしたぁ~、みなさん~魔術研究部の入団テストをしますよぉ~?」

「にゅ、入団テスト……ですか?」

「なに、魔術研究部に入るための儀式みたいなものらしいですよ。俺も昨日やられました」


 ぽんっと手を叩いて入部テストの存在を思い出した先輩は、いそいそと人数分の椅子を持ってくる。

 そしてシアン姫たちが座ったのを見渡すと、昨日の俺に出した質問と同じことを聞いた。


「みなさんにとってぇ~、『魔法』ってなんですか~?」

「ま、『魔法』とは……ですか。それはまた、哲学的ですね……」

「あっ、そんな悩まなくていいんですよぉ~!? 答えられなくても、入れないというわけではありませんのでぇ~……」


 真剣に悩み始めたシアン姫たちにあわあわしだすフィノラ先輩。最初に口火を切ったのは、意外にもユノだった。


「……『暗器』」

「あ、暗器ですかぁ……確かに魔法はどこからともなく現れますので、初見はビックリしちゃいますねぇ~」

「……ん、ユノがタイタンに初めて負けた時にやられた」


 ユノがそういって俺を見てくるので、思わず初めて会った時のことを思い出す。あぁー……いきなり襲われたから、首根っこ掴んで両足パラライズで動けなくしてやったっけ。


 最初に撃った《パラライズ》が避けられてあまりの速さに驚いていた記憶がある。俺はまだ一か月も経っていないというのに、軽く感慨深さを感じていた。


 そんな中、次に口を開いたのはヒサメ。


「ふぅむ、『脇差わきざし』……いや。『二の太刀』かのう」

「ほほぉ~! おさむらいさん特有の言い回しですねぇ~! 意味を聞いてもいいですか~?」

「拙者はこの刀ですべてを斬り払うことを信条としておる。いや、『おった』が正しいのぅ……この学園に来てすぐに、刀だけでは届かぬ相手に出うてしもうた」


 そう言いながらこちらに意味深に視線を投げかけてくるヒサメ。いや、貴様の刀結構俺に届いているからな?

 まぁ……魔法ありきでの戦いなら絶対に勝つ自信がある。それを見越していての発言なのだろうと俺が思っていると、ヒサメが少しだけ全身に覇気を纏わせる。


「――そんな修羅を、拙者は完膚なきまでに切り伏せてしまいたい。『魔法』とは、その修羅に全力でお相手してもらうための武器……相手に『二の太刀』を抜かせるための、拙者の新しい太刀でありたいと思うておる」

「ほ~! 目標があるって素晴らしいことですねぇ~! しゅら……は、ちょっとよく分からないんですけどぉ~……」

「かっかっか、極東の言い回しじゃよ。強敵、とでも認識しておけばよい」


 どうやらヒサメは、俺と魔法ありきでの真剣勝負をお望みらしい。だが、魔法込みだと負けるのがヒサメ自身が分かっているから自分も魔法を学ぼうとしている……という。


 ――負けられない。俺は獰猛に笑いながらヒサメに視線を送る……と、息を荒げて恍惚とし始める彼女。

 ……やっぱりヒサメはもう駄目なのかもしれない。


 そして最後に残ったのはシアン姫。さて、彼女はどう答えを出すのだろうか?

 うーん、うーんと頭を悩ませていた彼女がバッと頭を上げて何かを閃いたかのように目を輝かせた。


「『可能性』、ですね!」


 シアン姫のその回答に、驚いたようにこちらを見るフィノラ先輩。俺はそれに首を横に振って返答する。

 俺だって驚いている、まさかシアン姫が俺と全く同じ回答をするとは思わなかったからだ。


「り、理由を聞いてもいいですかぁ~?」

「ごめんなさい、私って実は魔法ってタイタンさんが使っているものしか近くで見たことが無くて……その。いつもタイタンさんの魔法は、絶体絶命や不可能といった状況を切り崩すものなんです」


 そう言って、シアン姫は思い返すように俺の魔法の使い方について語る。魔物の大群から生徒を助けるのも、強大な敵を倒すために隙を作るのも、タイタンさんの魔法があって初めて出来たのですと手放しに褒められてこそばゆい気持ちになる。


「でも決して魔法は万能じゃない――それも、タイタンさんが身を持って警告してくれました。だから……『魔法』は絶体絶命や不可能を切り崩す光、0を1に変える『可能性』なんじゃないかな、と」

「ふむふむ~、シアン姫はぁ~タイタン君のことをよーく見てるんだねぇ~!」

「よ、よよよよよく見てるとかじゃないですよ!? たっ、ただ魔法を使っている人って周りにいなかったので物珍しさですよ! えぇ!」


 慌てて取り繕うようにシアン姫がそんなことを言っているが、フィノラ先輩はそうだねぇ~とどこ吹く風だ。

 いや、俺もよく見ていると思う。俺の魔法は状態異常特化である手前、フィニッシャーよりも戦闘を有利に進める使い方をしている。


 さらに人数不利やレベル差といった圧倒的不利な状況から5分に持ち込むために魔法を使っている……シアン姫、もしかして冷静に戦況を分析できている?


 暴走機関車娘という二つ名ももう要らないな、と心の中で俺はシアン姫の成長に舌を巻く。

 フィノラ先輩も理由を聞いて納得したのか、満面の笑みで『花丸ですぅ~!』とみんなに抱き着いているのだった。

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