第108話『悪役』と掃除

 バケツと雑巾を持ってきて、部室をきれいに拭き掃除。ガラスが割れたところは危ないので慣れている俺とユノが重点的に担当する。


 シアン姫とヒサメは雑巾の存在自体は知っていたが使ったことがないと言う、なんとも王族らしいコメントをし。

 フィノラ先輩は雑巾がけをしたらスカートが短いせいでパンツ丸出しになってしまうため戦力外通告となった。


 というわけで主に俺とユノの二人で教室の床を掃除している。そんな俺たちの姿を見ながら、戦力外たちが不満を垂れていた。


「私たちも手伝えると言いましたのに……」

「そうじゃそうじゃ、『掃除』の一つも出来んと思うておるのか」

「雑巾の絞り方も分からずに床びっちゃびちゃにしたから俺たちの仕事増えてるじゃねえか。貴様らは先輩に『掃除の仕方』でも教えてもらっとけ」


 俺は細かいガラス片が残ってないか床を注視しながらそうため息を吐く。雑巾の両端つまんで、バケツに入った水にくぐらせて床にビターンだぞ?

 シアン姫に至っては汚い雑巾の外見が嫌だったのか足で雑巾を動かす始末。そんなのでまともに掃除ができるはずもなく早々にご退場いただいた。


「あのぉ~、私掃除できますよぉ~?」

「掃除できる能力はあっても格好は出来ないじゃないですか」

「ほぇ?」

「……シアン姫、ヒサメ。パス」


 フィノラ先輩はこんな感じだ。ここの学園の制服はスカートが中々に短い、もうエロゲの世界だからということで慣れてはいた……が。

 フィノラ先輩は短いと思っていたスカートをさらに短くしているものだから最早ただの腰巻きに近い。そんな格好で屈まれたり床に四つん這いになったら危険だ。


 だが、男の俺がそれをしてきしたらさっきのトラウマをぶり返してしまうだろうと考えた俺はシアン姫とヒサメに話を投げる。


 貴様ら暇だろ、先輩に『警戒』というものを教えてやれ。


「先輩、その格好は……タイタンさんのように四つん這いになれるものじゃないです」

「ふぅむ、ユノ殿を見て思うがここの制服。下がちと短すぎるのではないかの? ほれ、ギリギリではないか」

「……ヒサメのえっち」


 ユノがスカートのお尻の裾を引っ張りながらヒサメの方を見る。貴重な労働力の気を逸らすなヒサメ……


「もっとこう……はかまは無いのか」

「はかま……ですか?」

「うむ。我が国で履かれておるこれの丈が長いようなものでの――」


 あぁ、ファッション談議になってしまった。ユノも聞きたいのかチラチラシアン姫たちの方を向いている……まったく。


「……話に混ざりたいなら行ってこい」

「……いいの?」

「気もそぞろに掃除をされてはかえって邪魔だ。俺一人でも掃除は出来る」


 ユノの雑巾を奪ってバケツに放り込む。ガラス片が付着してるかもしれないから水換えないとな、と俺がバケツを持って教室を出ようとすると「……ありがと」と蚊の鳴くような声でユノがつぶやいた。


 礼なんぞ要らん、という代わりに手をひらひらさせながら廊下に出て俺は井戸に向かう。

 寮は水管と下水が通っているというのに、学園は下水のみで水はこうして井戸からくみ上げる方式だ。俺は水が入って重い桶を井戸底から引き上げつつぼやいた。


「ったく、古き良き方法をたっとぶのはいいが寮に水管通してるんだから学園側も改修すればいいのに……」

「仕方ないさ。寮は貴族が過ごす空間だから改修は最優先だし、重い水を運ぶなんて貴族はしないから後回しにされる。貴族社会の宿命だね」

「フルル先生……」


 俺のぼやきを聞かれていたのか、フルル先生が苦笑いを浮かべながら俺の不満にこたえてくれる。『ひと段落ついて戻ろうとしたら君が見えてね~』とフルル先生はまだ洗っていない雑巾を一つ手に取って横に並んで座った。


「それ、貴族の前で言っていいんですか?」

話すんだよ。ご機嫌取りや薄っぺらい貴族讃美より、君はこっちの方がいいだろ?」

「……よくご存じで」


 だってボクが一番タイタン君のこと見てる自信があるからねっ、と雑巾を洗いながらふふんと自慢げに鼻を鳴らす先生。

 確かに貴族賛歌など今の俺にはただの嫌味にしかならないな、と汚くなった水を捨てて井戸に桶を落としながら俺は自嘲する。


「で、他の子たちは?」

「今頃ファッションの話で盛り上がってるんじゃないですか?」

「君を一人働かせて……? まったく、駄目じゃないか」

「あぁいえ、働かせると逆に俺の仕事が増えるので戦力外通告です」


 そう言って俺がシアン姫やヒサメが掃除した時の話をフルル先生に聞かせると、『そういやあの子たち、ちゃんと王族だったね……』と思い出したかのように脱力した。


「フィノラ君は?」

「あの格好で雑巾がけとか男を誘う雌豹めひょうのポーズにしかならないですよ?」

「あー……確かに。ユノ君は、多分ファッションの話で盛り上がっている彼女たちにつられてしまった感じかな?」


 正解だとばかりに俺は頷く。すごいな、ユノの行動を当てられるのはさすがフルル先生である。

 無表情でそっけなくて、入学当初はファッションに全く興味がなかったユノを見ていて『ファッションの話につられる』という予想を立てられるのはちゃんと彼女のことを見ていた証拠だろう。


 人を見る目が本当にすごい先生だ。


「はぁ~……ボクも手伝うよ」

「扉を粉砕した跡はきれいになりましたから、あとは軽く床掃除だけですので一人でやっちゃいますよ」

「まあまあ、一人でやるより二人でやったほうが早く終わるってもんさ」

「その理論、シアン姫とヒサメが粉々に打ち砕きましたけどね」


 ボっ、ボクはちゃんと掃除できるもんっ!とフルル先生が雑巾を絞りながら頬をぷくーっと膨らませる。

 冗談ですよ、と俺はバケツに新しい水を入れて立ち上がった。フルル先生も絞った雑巾を片手に隣を歩く。


「そういえば、あの男子生徒の処分はどうなりました?」

「暫定だけど、謹慎処分半年が限度だねぇ。退学……は、相手がお貴族様だから無理だってさ」

「ここにも貴族社会の闇が……」

「それ、貴族の君が言う?」


 追放処分ですし、と肩をすくめながら俺が言うとフルル先生は何とも言えない顔で口をもごもごと動かすのだった。

 まあシアン姫たち王族がフィノラ先輩の近くに居れば基本的には大丈夫だろう、貴族の権力を振りかざせばさらに上の権力で潰せばいいだけだ。

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