第107話『悪役』と助け

 いきなりの俺の奇行に驚き固まっていたシアン姫たちがバタバタと遅れながら部室に入ってくる。

 そして、俺の視線の先でフィノラ先輩を組み伏せている男子生徒の姿を見て状況を理解したのかシアン姫が毅然とした態度で前に出た。


「今すぐ彼女からどいて離れなさい!」

「なっ、なん……っ!?」

「早く離れた方が良いよ、今なら反省文と謹慎処分で許してあげるから」


 フルル先生も冷たい目で男子生徒を見て告げる。ダンジョン系の部活に入っているから割と体格のいい男だというのに、物怖じしない二人だなぁ……と思いながら俺はずかずかと呆けている男の前に行って顔面を蹴り上げた!


「ぶはっ!」

「いつまで呆けてるんだ貴様は。今まで盛った獣だったから言語を忘れたか?」

「ちょっとタイタン君っ」

「言葉が通じない獣には痛みで躾けるしかない、でしょう?」


 俺が追撃とばかりに足を振りかぶると、慌てて男子生徒がしりもちをつきながら恐怖に顔を歪ませて部室の隅に後退する。

 ほら、言うこと聞いたでしょう?とばかりに俺がフルル先生の方を向くと先生はため息をついた。


「はぁ……タイタン君が他人を慮る子として成長したのを喜ぶべきか、すぐに暴力で解決しようとすることを怒るべきか悩むよボクは」

「俺のステータスじゃ防御力が紙とかで無ければ、いくら殴っても傷つかないですよ。殴り得です」

「『証拠が残らない』こと前提で暴力を振るったことにボクは怒るよまず」


 俺たちがそんなことを言い合っていると、足に力が入らないのか四つ足で逃げていく男子生徒。

 ユノは目線だけそいつの背中を追いかけながら、俺たちに問う。


「……捕まえる?」

「いや、まずは先輩の保護が優先じゃろう。顔も割れておるし既知の仲らしかったしの」

「……そう」


 ヒサメが先輩を介抱するように抱き起す間、ユノは興味を失ったように出ていった男子生徒から視線を外して散らかっている部室を見回していた。

 カタカタと青い顔をして震えているフィノラ先輩……男の俺が近づいても今は逆効果だろう。


 俺は昨日散らかした部室を片付けることに専念することにする、掃除をしようと早めに来ていて本当に良かった。

 主人公補正なんてあるわけがない俺が未然に防げたのだ、これは昨日の俺を褒めてやらないといけない。


散らばっている本を拾い上げては本棚に収めていく。おっ、これは《アイアンニードル》の魔法書。


「すげぇな、これ全部魔法書か。軽く数十冊はあるぞ」

「うわ、本当ですね。すごい……」

ドロップし落ちにくい魔法書をここまで集めたのか。魔術研究部の執念だな」

「執念って……せめて歴史とかにしましょうよ」


 いやいや、執念以外の何物でもないだろう。ドロップ率1%の魔法書を、たかだか一学園の生徒たちが数十冊も集めたのだ。

 俺だって《ポイズン》の魔法書を得るためにスライムを何百匹と狩った、《キュア》の魔法書が出て落ち込んでいたのがもはや懐かしい。


「あ、俺が持ってる魔法書も追加しとくか」

「え? タイタンさんも魔法書持ってるんですか」

「そうじゃないと《パラライズ》も《ポイズン》も使えないだろ? 《キュア》の魔法書も見つけたが俺じゃ適性が無かったしな」


 クローゼットの奥の方でほこりを被っているであろう3冊の魔法書の存在を俺が思い出していると、ヒサメがフィノラ先輩を連れてこちらに近づいてきた。


「おいヒサメ、あんなことがあった直後に先輩を男に近づけるとか正気か?」

「その先輩がタイタン殿に言いたいことがあるそうなんじゃよ……」

「あ、あのぉ~……あっ、ありがとうございます~。助けてくれてぇ……」


 フィノラ先輩がこちらを怯えた目で見ながらもしっかりとお礼を言ってくる。そんなことを言うために怖い思いをしてでも来るとは……


「礼ならシアン姫とフルル先生に言ってください。王族と教師の制裁を振りかざして助けたのは二人ですから」

「む、制裁を振りかざすとは聞き捨てならないですね。私は単純に離れろって言っただけですよ」

「その命令は王の言葉なんだよシアン姫……まあボクも非力だから声を上げるだけだったし、実際に引きはがしたのはタイタン君だから素直に受け取りなよ」

「ダメージの入らない蹴りを相手の顔面にぶち込んだだけなんだが」


 フィノラ先輩の謝礼を俺とシアン姫とフルル先生の三人で回し合う。最終的に「……一番最初に違和感に気が付いたのは、ユノ」とユノが掻っ攫っていくことでこの戦いは終結した。


 そんな姿を見て安心したのか、先輩の顔に柔和な笑みが戻る。フルル先生はそんな先輩の姿を見て微笑んだ。


「うん、大丈夫そうだね。ボクはちょっとやらなきゃいけないことが出来たからここいらで失礼するよ、逆恨みは……ここにいる子たちなら実力行使でも権利行使でも負けることは無いから安心か」

「ぁ、ありがとうございますぅ~……」

「これぐらいやって当然さ。んじゃ後は頼んだよタイタン君、扉粉砕したことを『緊急事態の仕方のない処置だった』と学園側に言いくるめておくからその代わりにしっかりとフィノラ君のケアしておくんだよ」


 手をひらひらさせながら随分と開放的になった部室の入口から出ていくフルル先生。ケアって……俺よりも同性であるシアン姫やヒサメに頼んだ方が良いだろうに。

 ユノから箒とちりとりを受け取って、バラバラになった扉の木くずやガラス片を掃除する。


 その間に他の三人はフィノラ先輩とおしゃべりをしていた。


「ええええぇ~っ! みっ、みなさん入部していただけるんですかぁ~!?」

「……ん。ダンジョンに潜るの、好都合」

「私たちも、他生徒が少ない場所というのはありがたいんです。それに――」

「先輩を一人にはしておけぬからのぉ、先のことで『ダンジョン探索部』なる部からやっかみを受けるやもしれぬし」


 ガラス片って大きいものは箒でなんとか取れるけど、小さいガラス片ってどうやって取るんだ……?

 まあ、箒で出来るだけ集めて雑巾でもかけるか。怪我したらフルル先生に治してもらえば良いし。


「そっ、それはぁ~……怖いですぅ」

「部室に一人でいなければひとまずは安全じゃないでしょうか?」

「……ん。あと格好、その制服はあまりにも――」

「う、うむ。ちと煽情的すぎないかの? 男を誘っておると言われても文句は言えぬぞ」


 はうぅ~……昨日タイタン君にも言われちゃいましたぁ~と先輩の嘆く声が聞こえてくる。


 そうだ、もっと言ってやれ。よく騙されて偽の魔法書を高額で買わされては貧乏に泣いているキャラだとキャラクター説明で言われていたから、制服を魔改造してしまって替えの制服が買えないんだと思うぞその先輩。

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