第106話『悪役』と緊急事態

 冷静に考えると一人何もない空間を切ったり受けたりして『くそっ……!』って言っているやつやべぇなと気が付いたのは、訓練が終わって1限目の授業の準備をしている時だった。


 俺が軽く項垂れていると、隣で柔軟体操をしていたシアン姫が心配そうに見てくる。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。少し朝の訓練のことを思い出して凹んでいるだけでして……」

「……常に戦うことを考えていることは『大丈夫』に入る?」

「いつものことだから大丈夫の範疇じゃろう、ほれ背中押すぞ~」


 ヒサメが前屈をしているユノの背中を押すと、ぺたーっと地面までなんの引っかかりもなく身体が着くユノ。

 瞬発力としなやかな動きを主戦力にしているユノはやはり体が柔らかい。俺も身体は柔らかい方だと思っているが、それでもユノほどではない。


「あだだだだだだだ……もう少し優しくしておくれユノ殿」

「……ヒサメ身体固すぎ、全然倒れない」

「固くても刀は振れるからの……おおおぉおぉ……」


 ユノに背中を押されて、そのままズリズリと前屈の姿勢を保ったまま前進していってしまうヒサメ号。シアン姫はそんな姿を見てユノたちの方へをため息をつきながら寄っていった。


「動かないように足、押さえときますね」

「……でかした」

「待て待て待て、そんなに乱暴にすると拙者壊れてしまう……っ! あああああああぁ折れっ、折れりゅうううぅ!」


 ヒサメが普段出さない汚いダミ声を上げている。ミシミシミシィ……と音を出しそうな不格好さで倒れていくヒサメの上半身を見ながら、俺は一足先に柔軟を終えるのだった。


 そして放課後、俺はみんなを引き連れて『魔術研究部』の部室まで廊下を歩く。フルル先生も心配だからと付き添いをしてくれている、もっとも――


「心配なのはタイタン君がどんなラッキースケベを起こすかってことなんだけどね!」

「そうそうないですよそんなこと」

「はーい、ボク3かーい!」


 不満げにフルル先生が謎に回数を上げると、シアン姫とユノがつづく。


「私はもう5回から先数えてません……」

「……ユノは、2回?」

「拙者は? 拙者ゼロなのじゃが!? タイタン殿、どういうことかの!?」


 ゼロでいいじゃねえかあんな恥ずかしいこと。俺が呆れながらそう言うと、「それはそうなのじゃが、全くないとなれば女としての魅力がないと思うてしまうというか……」とヒサメ。


「不慮の事故に女の魅力がどうこうとか関係無いだろ……」

「不慮の事故、私と対面した時多くないですか!?」

「事故だ事故。あんなのわざとやってたら女性なら気付くだろ」


 ハルトとか女性じゃなくても分かりやすいし。あいつにエッチな目で見られて悪い気はしない女性がたくさんいるという事実が、この世界がエロゲであることを再認識させられる。


 俺? 俺がやったら牢屋行きだ、アンデルセン親バカ王に一回入れられてるし。つくづくこの世界は主人公優遇だな……


「事故って分かるからこそ、まだ関係も深くない先輩とギクシャクしたくないだろう? だから見に来てるのさ」

「……本音は?」

「君の近くにいると面白いことが起きそうな気がしてねっ!」


 フルル先生が目をキラキラさせながら親指をサムズアップする。この人の面白そうなこととなるとつい深入りしてしまう性格の一面を見ていると、外見も相まって本当に子どもにしか見えない。


 そういや元の世界で、精神年齢は肉体年齢に引っ張られるなんて話がネットで転がっていたような……俺がどうでもいいことを考えていると、急に後ろから学生服の袖が引っ張られる感覚があった。


「……誰か、言い争ってる」

「ん? ……本当だ」


 ユノがじっと前を向きながら止まり、耳をそばだてたので俺たちもならって足を止める。

 俺たちの足音がやんだ廊下に、微かに誰かが言い争っている声が漏れているのが聞こえた。


「――――で、――――さいっ!」

「――――ろう? ―――――――んだ!」


 男女の声が聞こえる、痴情のもつれか?と首をかしげていると、女の方の声がフィノラ先輩の声に似ていることに気が付いた。


「フィノラ先輩――『魔術研究部』の先輩が誰かと言い争っているっぽいな」

「ぬぅ、拙者らが話に割り込むのも気が引けるのぉ……」

「日を改めましょうか?」


 俺たちはそう言いながらも、どうにも気になって魔術研究部の部室の前まで来てしまう。中にいる二人は言い争いに夢中で、俺たちの足音に気づかないようだ。

 鮮明に聞こえる二人の会話を、俺たちは部室の外で聞く。


「ですからぁ~、私は魔術研究部を諦める気はありません~!」

「我が『ダンジョン探索部』でも出来るというのに、廃部確定の部になぜそんなにも縋るブリック!?」

「廃部しません~! 昨日も『入る』って言ってくれた後輩君がいたんですからぁ~!」


 どうやら、ダンジョン探索部からの引き抜き?の話だったようだ。そういや……俺はあることを思い出しフルル先生に小声で確認する。


「ダンジョン探索部って、男ばかりなんでしたっけ」

「そうだね。多分、彼もなんじゃないかなぁ? ほら、さっきから胸に視線が行ってる。くそっ、やっぱり巨乳なのか……っ」

「……? 内側から、鍵かかってる」


 ユノが扉を何回か軽く引いて、首をかしげている。鍵?と俺がユノのその言葉を聞いた時、一つのイベントを思い出す。


 ある日主人公が魔術研究部の部室に行こうとすると鍵がかかっており、中で先輩と男が言い争っている場面に遭遇する。

 不穏な空気を感じ取った主人公はここで2つの選択肢を選ぶことになる……つまり、『鍵を開ける』か『日を改める』かだ。


 『鍵を開ける』選択肢を取る場合、それに準じるスキルを使用して開けるイベントがある。

 だが『日を改める』選択肢を取ると……フィノラ先輩とのイベントはそれ以降発生しなくなり、後日バッドエンドのスチルがギャラリーに追加される。


「どいてろユノ、みんな扉から離れてください」

「? どうしたのタイタン君」

「いいから、離れろ」


 俺はそっと部室の扉から離れて、助走距離を取る。みんなが不思議そうな顔で扉から離れた瞬間、部室の中で慌ただしく大きな重いものが床に落ちる音がした。


 『鍵を開ける』選択肢を取る場合、鍵開けや罠壊しと言ったスキルが必要なのだが。

 初見でフィノラ先輩のイベントを引いた時に主人公が持っていない状態も普通に存在する……だから運営はちゃんと救済処置も用意していた。


 それは――扉ごと破壊することだあああああああああああぁ!!!!!


 俺は思いっきり扉に対してドロップキックをかます!大きな破砕音と共に扉がぶっ壊れる。

 中には……俺の想像通り、先輩に覆いかぶさるように男の生徒がいた。嫌なものを思い出させやがるぜまったく……


 大きな音に驚いてこちらを向いている男に、怒りと不満をそのままに俺はにらみつけた。


「俺の部長になにしてんだ貴様、殺すぞ」

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