第104話 『悪役』と悔恨

「で、魔法っていうのはぁ~、魔法を発動する特定の文字列が必要だと思うんですよぉ~。それが書かれている『説明書』のようなものが魔法書だと思っててぇ~」

「いや、その考え方だと『実際に声に出す』動作が必要になるはずです。それに、文字列さえ知っていれば誰でもすべての魔法が使えてしまう……人が魔法を習得するのに属性の適正が存在する以上、俺は魔法書というのは単なる『鍵』であって自分にそもそも『扉』がないと開かないイメージです」

「……っ、なるほどぉ~! 魔法を『可能性』として見ているタイタン君らしい考察ですばらしいと思いますぅ~!」


 暴走する先輩を収めた後、他にやることもない俺は彼女と仲良くおしゃべりをしていた。

 話題はもっぱら『魔法』について、今は魔法書の存在理由が議題に上がっている。


「でもそれだとぉ~、学園の授業で魔法が習得できることに説明がつかないと思いませんか~? 『鍵』が無いのに扉が開いちゃってます~……」

「なるほど、先輩はそこから『説明書』の考えに至ったわけか……」

「ですです~、でも扉のイメージは発想にありませんでしたぁ~。仲間がいるってやっぱり良いものですねぇ~!」


 じーんと感動している先輩を見て、趣味を今まで共有できずに寂しかったんだろうなと俺はその胸中を察する。

 先輩は今までこういった話を部活の先輩たちとやっていたのだろう……同じ講義をとっている人たちとはここまで深い話ができなかったのか、今までの話したいことをすごい勢いで俺にぶつけてくる。


 だが、俺も願ったりかなったりだ。魔法というのはゲームの世界ではただのシステム攻撃手段でしかなく、適性というのもキャラクターの個性を出すための要素以上のものはないと思われていた。


 しかしプレイヤーの中には一定数、その世界に対して深く考察を行う『考察厨』が存在した。

 そして俺もまたその一人、この世界における魔法の在り方を現地の人から聞ける機会などそうそうない。


 両者の思惑が一致しているその状態で、話が止まるはずもなく。俺と先輩はどっぷりと日が暮れるまで話し込んでしまった。


「では『扉』はあって、開ける手段が『鍵』じゃなくて『特定の文字列』というのはどうでしょう~?」

「それなら確かに道理は通りますね。魔法書以外にも講義で魔法を覚えられる理由も通りますし、適性に関してもクリアしている……あとは人によって習得する時間が変わることと、同じ魔法を習得するとき魔法書を読むことと講義で学ぶこととで時間差が生まれることですか」

「理解度ぉ~……だけでは説明付きませんよねぇ~。師事がある方が本来は早いはずなのにぃ、なぜかただ魔法書を読んだ方が速く習得できますしぃ~……」


 否、日が暮れても話し込んでいる。時間が経つことすらも忘れて俺たちはどっぷりと話し込んでいた。

 その時、ガラリと扉が勢いよく開かれる音がする。


「こらーっ! もうすぐ校舎が閉まる時間だからさっさと帰る!」

「……あぁ?」

「うっ、タイタン・オニキス……さっ、さっさと帰ることだ! ふんっ!」


 入って来た教師がそう一喝して俺たちの話し合いを中断してきた。ここからが面白いところだって言うのに……っ、俺が思わず睨むように振り返ると先生は一瞬ひるむ。


 それでも言いたいことを言いきっては荒々しく出ていった教師の背中を見て、俺とフィノラ先輩は顔を見合わせる。


「仕方ないですが~、時間ですねぇ……」

「出ましょうか……」

「うぅ~……」


 すっかり先輩の魔法で散らかっていた教室を忘れて話し込んでしまっていた。掃除は……明日顔を出して手伝おう、散らかしてしまったのはフィノラ先輩だが掃除する時間を奪ってしまったのは俺だ。


 俺たちは椅子から立ち上がって教室をでる。校舎から出ると急に体が凝り固まっている感覚に襲われて軽く背筋を伸ばすとピキピキと音がした。


「ん~……っ、すっかり話し込んでしまいましたねぇ~」

「4、5時間椅子に座りっぱなしでしたからね。体中が凝り固まっている感覚が……っ、ありますね」

「楽しかったです~……本当に、楽しかったですぅ」


 先輩が憂いを持った目で夜空の月を見ている。しみじみとそう呟く先輩を俺が見ていると、先輩はさみしそうな表情で俺に向き直った。


「ごめんなさいタイタン君~……実は私、時間が経っているのに気が付いていましたぁ……」

「……はあ、そうなんですね」

「でもでもぉ~……魔術研究部はぁ、もうすぐ潰れてしまうのでぇ……それを考えると楽しい時間を少しでもって欲張りさんになってしまいました~……」


 申し訳なさそうに謝る先輩に、遅ればせながら俺は魔術研究部が廃部寸前の部であることを思い出す。

 

「最後に、いい話が出来ましたぁ~。もちろん最後まで頑張りますぅ、けどぉ~……同士がいたと分かっただけで~、私は孤独じゃないと知れましたので~」

「……フィノラ先輩は、無くなってもいいんですか」

「いやですよ、絶対に。卒業していった先輩たちとの思い出を無くしてしまうんですから」


 いつもののんびりとした口調が消え、しっかりとした声でこちらを見据える先輩。しかし、それも一瞬ですぐに弱気な表情と声に戻ってしまう。


「でもぉ、私一人だけでは存続できないんです~……どうして早く動かなかったんだろう私ぃ~!」

「……まぁ、俺も自分を受け入れてもらえる部活を無くすのは惜しいですから。なんとかこちらのほうでも動いてみます」

「ううぅ~……!」

「ステイ! 先輩ステイ!」


 目をうるうるさせながら先輩がじりじり両手を広げて近づいてきたので俺は必死にけん制する。

 明日、あいつらをどうにかして説得してみるか……俺はそんなことを思いながらフィノラ先輩から逃げ帰るのであった。

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