第103話 王女と一方そのころ

 一方そのころ、シアン姫一行。


「ッシ!」

――GYAAAAAAA……

「おお~、見事じゃシアン殿」


 ドロップ品を落としながら消滅していった魔物を見ながら、ヒサメ様がぱちぱちぱちと手を叩く。さっきの戦闘は危なげなく一方的に攻撃できた、自分でも成長を感じます。


 その実感を胸にヒサメ様の方を振り返ると――大量のドロップ品が地面に。私が一体倒している間にどれだけ倒したのやら……やはりヒサメ様の実力に追いつくにはまだまだかかりそうです。


 レベルは同じですから、やはり技量の差でしょうね。


「……ん。こっちも終わった」

「みんなお疲れ~、ケガはないかい? 隠してたら後ですっごい怒るからね?」

「大丈夫です、魔物からの攻撃も当たってませんでしたので。完・勝です!」


 指でVサインを作りつつ、モーレット先生を安心させるように私は笑いました。タイタンさんのように硬くなく、ユノさんのように速くなく、ヒサメ様のように強くない。


 攻撃を当てたらすぐに引く、無理に追撃をしない。訓練で学んだ基本的な動きを繰り返すだけで魔物は傷つき焦っていきます。

 そして無理に突っ込んできたところをかわしてカウンター……一番危なかったところと言えばそこぐらいでしょうか?


「基本的な動きが出来ておるし、ある程度の速さの敵にも対応できておる。巨体の敵には攻撃が思ったように入らずに危険な追撃をしてしまっておるが……まぁ、速さに自信があったのじゃろうて」

「うっ……ヒサメ様なら一刀のもとで切り伏せてしまうだろうなぁ、と思ったらつい」

「拙者は逆にシアン殿ほどの速さは出せぬ、ゆえに一刀に賭けておるだけじゃよ。速く倒せるだけが強さではない」


 説教くさくなってしまったのぉ、と笑いながら刀を納めるヒサメ様。分かりはするんですけど……やっぱり焦りはあります。

 この中で、私だけが『勝てていない』。ヒサメ様はタイタンさんに負けたり勝ったりですし、ユノさんは今日初めてヒサメ様に勝ちました。


 そう、私だけ――私だけが誰にも一度として勝てていない。レベルは同じ、武器性能も同じ……そのことが、自分の技量が拙いことを残酷にも証明しています。


 そんなことを考えていると無意識に暗い顔をしていたのでしょうか、私にモーレット先生が優しく声をかけてくれました。


「大丈夫だよシアン姫、君は確実に強くなっている……と思う。ごめん、戦闘に関しての目は素人だから確実なことは言えないけど。初めて見た時よりも鋭く、そして冷静な剣捌きだとボクは思うよ」

「うむ。おそらくは拙者たちに剣が届かぬことを憂いておるのだと察するが、気にせんでよい。ようは相性なのじゃ」

「相性……でも、私には皆さんには程遠く……」


 つい弱気な言葉が出てきてしまいます。強くなっている自覚はある、でも足りないのです。その何倍も、皆さんが強くなってる気がしてどんどんとその背中が離れていく気がして――


――ぺしっ


「あいたっ」

「……ん。冷静になる」

「ユノ、さん?」


 ネガティブな感情に支配されそうになったとき、ユノさんが私の頭をはたきました。えぇ……躊躇なさすぎないですか? 私一応この国の王女なんですけど。


 ひりひりとする頭頂部をさすりながらユノさんを見ると、ユノさんはいつもと変わらない無表情で私を見つめながら言いました。


「……他人は気にしない。必要なのは、『目的を達成するための実力があったか』」

「…………」

「……ユノたちは、そのために訓練してる。違う?」


 こてんと首をかしげながらそう言ったユノさんに、手段と目的が逆になっていたことに気づかされた私は思わずあっと声を上げます。

 

 私が剣を持つ理由、強くなりたい理由は……『民を護るため』。あの日、自分を護るために傷ついたタイタンさんの姿を見てそう思っていたじゃないですか。


 そのために、私は強くならないといけない。ユノさんやヒサメさんに勝つためではなく、守るために。


「そう、でしたね。目的を達成するために強くならないといけませんよね。すみません、ありがとうございますユノさん」

「……ん。ユノたちも強くなるために頑張っている、だからすぐには追いつけない。追いつかせてあげない」

「ふふっ、すぐに追いつきますからね! 『この人が次の王で安心だ』って思われるぐらいに強くなってやりますから!」


 挑戦的に煽ったユノさんに、私もやる気を漲らせてそう言い返します。そんな私たちの姿を見てヒサメ様とモーレット先生はうんうんと喜ばしそうにうなずいておられました。


「同じ人と戦っていると、どうしても気が付いたらその人に勝つってことを目標にしてしまいがちだよねぇ~」

「人は変わっていくものじゃからのぉ、変動するものを目標にしてしまえばいつかは潰れてしまうものじゃ」

「でもまさか、ユノ君がそれをシアン姫に言うとはねぇ~」

「案外、誰かの影響を受けたのやも知れませぬぞ? 『他人を気にせず、目標を達成するまでの実力があったかを見よ』なんぞ言う者など、拙者は一人しか知らんのでなぁ」


 ヒサメ様の言葉に、あぁ~ありそうと同意しているモーレット先生。私と一緒にそれを聞いていたユノさんが「……違う」と軽く頬を染めながらヒサメ様とモーレット先生の背中をバシバシ叩いていました。


「あっははははは! あ、そういえばタイタン君って今何してると思う?」

「んー、独り鍛錬……は先週のことで懲りてそうじゃがのう?」

「でも何か見つけてそうじゃないですか? 新しく強くなる方法とか」

「……もしくは、女」


 ユノさんのその言葉に、思わずピシリと固まります。すごい既視感が……ヒサメ様当事者が『タイタン殿がそんな尻軽には見えんがのぅ!』と笑っておられます。


 私とユノさん、そしてモーレット先生が真剣な顔をしてヒサメ様の方を向きました。


「む? なんじゃお主ら」

「……あれは、自分が望んでなくても寄ってくるタイプ」

「本人は『偶然』って言ってるけど……ねぇ?」

「前科が目の前にいますし――」


 ヒサメ様をじとーっとした目で見ていると、ヒサメ様も事態を把握したのか困ったように眉をひそめながら『そんなにかの?』と確認をしてきます。


 私はそんな神妙な空気に耐え切れずぷっと噴き出してしまいました。


「流石にないですよ、タイタンさんの悪評はみなさん知ってるでしょうし」

「……ん。タイタンから近づかない限りない」

「タイタン君も恋愛関係に興味なさそうだしね、そんな余裕もなかっただろうし」


 口々にそう言ってありえないと笑っていると、モーレット先生の最後の言葉にヒサメ様が反応します。


「む? タイタン殿にそういう『余裕』を持たせるための鍛錬禁止では無かったかの?」

『あ』


 いや、まさか……そんなねぇ? べっ、別に他に女性が一人や二人増えても問題ありませんけども!

 ただ訓練に当てられる時間が少なくなることが不満なだけでして? そっ、そう。だから増えられる可能性があるのが困ると言いますか。


 意中の女性とイチャイチャして鍛錬がおろそかになられるのが腹が立つと言いますかもやもやすると言いますか……


 静寂の時間が流れる。私はなんとなく、今すぐ帰った方が良いのではないかという虫の知らせが届いたような気がしました。


「かっ、帰りましょうか!」

「……ん。出来る限り速やかに」

「これ以上面倒ごとは増やさないでほしいなぁ……っ!」

「ん? まさか本当にあるのかの!? っちょ、落ちてるものを拾ってからゆけ皆の者!」

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