第102話 『悪役』と魔法とは
「はぁ……はぁ……」
俺は耐えた、耐えきった。俺の嫁がリアルに目の前にいて、さらに抱き着いてくるとかいうエロゲプレイヤー全員にとっての夢のような出来事に遭ってなお――耐えたのだ。
「すみません~……取り乱しましたぁ……」
「まったくだ……俺のうわさに恐れながら、魔法のことになると全部忘れて抱き着いてくる。あれだな、貴様に『まだ知らない魔法を教えてやる』って言ったら暗がりにほいほい付いてきそうだな?」
「ふえぇ~……否定できませんん……」
否定してくれよそこは。俺の上着をひざ掛けにしてしょんぼりしているフィノラ先輩を見てはぁ、と重いため息を吐く。
「まず危機感がない。俺が噂通りの男だったとして、ずっと誰もいない空き教室に二人きりにいること自体が危険だと分からぬか?」
「はうぅ……確かにぃ~……」
「次に未鑑定の魔法書をみだりに使うこと。肉体的に危険な魔法も、貞操的に危険な魔法も存在する。自分の身体が大事なら、ちゃんとリスク管理をしろ」
「ふええぇ~……分かりましたパパぁ……」
誰がパパだ!? これ以上怒ったら先輩からどんなアウトワードが飛び出てくるかわからない、俺は怒りを鎮めて先輩と再び対面した。
「ふぅ……で、部員が足りないって話でしたっけ」
「あ、そうですぅ~! 魔術研究部はぁ、まだ見ぬ魔法を求めてダンジョンに潜る部活でしてぇ――」
どうせ時間もあるからと、先輩の魔術研究部の話を聞く。いろいろなダンジョンに行って、モンスターのドロップや宝箱から出てくる魔法書をトレジャーするダンジョン系の部活。
モンスターからの魔法書のドロップ確率が低すぎることもあり、魔法というのは世界的に研究が進んでいない分野であるらしい。
実際に学園で学ぶことができる魔法は国が今まで見つけた魔法書の分しかなく、しかも国が『公開してもいい』と許可を得た一部の魔法しか伝えられていないという。
「クライハート王国の長い歴史の中でぇ~、魔法書の数は少しずつ増えていっているんですけどぉ~……」
「スキル主体のこの世界でわざわざ魔法を学ぶ人は少ない、と」
「ですぅ~……学ぶ人の理由もぉ、『前に出たくない』『痛い思いしたくない』が理由ですしぃ~」
そんな後ろ向きな理由なら魔法の発展など遅々として進まないだろう、と俺は先輩の話で納得した。
ゲームをプレイしていた時はここまで詳しく説明がなく、『学園で学べる魔法が基礎的なものしかないのは、ダンジョンで魔法を見つけてほしいっていう運営側の意図なのだろうな』と俺は今まで考えていた。
「私はぁ~、生きているうちにぃ、い~っぱい魔法を知りたいのです~」
「……なぜ?」
「なぜ? それはおかしなことを聞きますねぇ~」
『魔法が好きだから』、それ以上に理由は要りませんよ~とキラキラした目でフィノラ先輩はこちらの方を見る。
一生涯かけてやりたいのは……やはり『好き』だから、か。俺は先輩の姿がまぶしく見えた。
「それでぇ~、そのぉ……」
「……?」
「魔法にぃ~興味ないですかぁ……?」
先輩が勧誘のチラシで口元を隠しつつ、恥ずかしがりながらこっちを見てきた。つまりは『入れ』ってことか。
「あー……俺、嫌われてますよ」
「? 嫌われてますねぇ~」
「入部したら学生からここを見る目、厳しくなりますよ?」
「魔術研究部が無くなっちゃうよりマシですぅ~……!」
いや、俺が入ってもあと三人――知ってるなぁ。いまだ入部届出してない一年生を、ちょうど三人。
……まあ、最悪説得するか。俺は先輩の必死の勧誘に折れる。
「わかりました。そこまでの覚悟なら俺は入部します」
「よかったですぅ~……あんな醜態をさらして入ってくれるか不安でしたのでぇ……あ」
「……? なにか、ひっかかることが?」
ほっと安堵したような表情になったフィノラ先輩が、何かを思い出したのか声を上げる。
他の部員のことだろうかと思い質問してみると、『それもそうなんですけどぉ~』と先輩は、俺に真剣な顔をして椅子の上で姿勢を正した。
「これは由緒正しき魔術研究部の入部テストですぅ。質問はただ一つ……タイタン・オニキス君、あなたにとって『魔法』とはなんですか~?」
「……ふむ、なるほど」
「あぁっ、そんなに重く考えなくてもいいんですよぉ~? 部長として、一応形式に沿ったものなので入部拒否とかしないですからぁ~」
ただ、ここはみんなが『魔法』というものを意識する場なのでぇ……とアワアワしながら取り乱す先輩。
部活とはみんなが一つの目標のために
少し考えて答えを出す。俺にとって、『魔法』とは――
「――可能性、ですね」
「……っ、なるほどぉ~。参考に、理由を聞いてもいいですかぁ~?」
「……正直なところ、魔法が好きかどうかは分かりません。ただ、魔法は行き詰っていた
だから、俺にとっての『魔法』とは可能性なんです。と俺はそう答えた。
《パラライズ》が無ければオークと戦いで俺は死んでいただろうし、《ポイズン》が無ければ森での事件で
目を輝かせてフィノラ先輩がうんうんと数回頷いた後……ガバァっと思いっきり抱き着いてきた!?
「もがっ、ちょっ、先輩!?」
「ああああぁ~! 良い子ですぅ~、すばらしいですぅ~! 魔法にそんなに熱い思いを持っている生徒がまだ居たなんて奇跡ですぅ~!」
「だめだ我を失ってる……っ」
首筋におもいっきり抱き着かれて頭をなでなでされている。この人……っ、やっぱり危機感がない!
先輩の柔らかい感触と甘い匂いでどろどろに溶けていく理性をなんとかかき集めながら、俺は先輩を引きはがす!
魔法職だから筋力ステータスはまだ俺の方が上だ、床にぺいっと捨てられた先輩があうぅ……と目を回していた。
またスカートが捲れてパンツが見えている……俺はその淡い青の布生地を隠すように落ちていた上着を投げつけながら怒った。
「すぐそうやって抱き着くな! 危機感が無さすぎる!」
「うぅ~……だってぇ、魔法を真剣に考えてくれる人がぁ~、私一人じゃなかったのが嬉しくってぇ~……」
「俺が貴様の身体目当てで嘘ついてたらどうするつもりだったんだ!?」
俺がそう指摘すると、『はうぅ~! 気が付きませんでしたぁ~』とこちらを振り返りながら驚愕する先輩。
この人、よくここまで悪い人に騙されずにこれたな……と、俺は肩を落として深いため息を吐くのだった。
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