第101話 『悪役』と魔法職の常識

「ん?」


 俺が頭を痛めて俯いていると、視界の端に一枚の紙が映る。俺がそれを拾い上げると――


 ――来たれ魔術研究部っ!


 丸っこい文字で紙の端っこの方に小さく書かれていた。はわわわわわ……と俺が男色家であると勘違いしているフィノラ先輩を放っておいて、俺はその紙を見てみる。


『部員大募集中ですぅ、あの……魔法って楽しいですよ? どーんでばーんで……とにかくすごいんです!』


 フィノラ先輩の語彙力の無さに俺は涙した。魔法とは『どーん』で『ばーん』らしい……俺はそっと立ち上がって教室を見回した。


 フィノラ先輩以外の人は見当たらない、俺がきょろきょろあたりを見渡しているのに気が付いた先輩は怯えながらも俺に理由を説明する。


「そのぉ~……私以外に部員っていなくて~……」

「は?」

「ひぃい、ごめんなさいごめんなさい~!そもそも魔術研究部って人気がなくてぇ~!」


 涙目になりながらフィノラ先輩は事情を細かく話してくれた。どうやら元々人気が無くて新入部員が少なく、去年に卒業した人を最後に魔術研究部は先輩一人になってしまったらしい。


 俺はこの前のアピール戦のことを思い出す。シアン姫にしっかり目を塞がれていたから何も見えなかったが、魔法職の人で本気で魔法に向き合っている生徒はいないことは空気感で分かっていた。


 『どうせ守ってもらえる』『危険をおかすのは前衛』……そんな人たちが、がちがちに魔術を研究したいと思うだろうか?


「部員が5人いないと部活として認められなくてですねぇ~、どうにかしようとチラシを作ったんですけどぉ……」

「すでに1年のほとんどの生徒はどこかに入部していて捕まらなかったと」

「すごいですねぇ~! 正解ですぅ~!」


 ぱちぱちぱちとほんわか雰囲気で手を叩いている先輩。ゲームの時の性格そのままだ……この人、すごいマイペースである。

 のんびりふわふわ、を地でいっているフィノラ先輩のことだ。おそらくこのチラシを作って配り始めたのもほんの数日前からだろう。


「全然捕まらなくってぇ~……息抜きにこの前見つけた魔法書を読んでたら~、あぁなっちゃいましたぁ~……」

「どうして未鑑定の魔法書を読んじゃったんですか……」

「ん~……そこに未知が、あるからかなぁ~?」


 鑑定って一回出したらぁ~、数か月は帰ってこないんだもん……とゲームにない仕様を語る先輩。

 基本的に街にある鑑定所に持っていけば、お金はある程度かかるがすぐに鑑定結果が出るはずだ。俺がそう聞いてみると――


「既に出てる魔法ならぁ~そうなんだけどねぇ~……初見の魔法書はぁ~、写本して国の書庫に残すために、持っていかれちゃうのぉ~……」

「あぁ、なるほど」

「私はぁ~そこまで耐えられないのですぅ~」


 だから使った、とフィノラ先輩はなんともらしい回答をするのであった。


「まぁ、やめた方が良いですよ? 世の中には自分の生命力を引き換えに大爆発する魔法もありますから」

「何それ知らないぃ~……教えて魔法博士ぇ~!」

「教えるのはいいですけど、そろそろ服を整えていただいても?」


 先輩のあられもない姿を見ないように目を必死にそらしながら会話するのも限界だ。ふえ?と俺の言葉に反応した先輩が恐る恐る自分の姿を見て……


「わっ、忘れてましたああああああああぁ~!」

「思い出してくれたようで何よりです……」


 慌ててババッとめくり上がっていた制服を整える。魔法のことになると他のことをすぐに忘れてしまうのもフィノラ先輩らしいと俺は困ったように乾いた笑いを上げるのだった……


「うううぅ……お見苦しいところをぉ……」

「落ち着いてくれたようで何よりです」

「下着姿の女性に反応しないってことはぁ~……本当にぃ!?」

「反応したら『酒池肉林の獣』の二つ名が再熱するじゃないですか」


 それもそうですねぇ、と男色家の誤解を解く先輩。逆にもう襲ってしまった方が楽なのではないか?と一瞬よこしまな考えが脳裏をよぎったので頭を振って追い出す。


 しっかし、制服をちゃんと来ていてもけしからん格好だ。小柄な彼女の背丈に合わせて制服のサイズを注文してるからか、不釣り合いな大きな胸の部分がぎっちぎちになっている。


 制服を押し上げてるからヘソがちらちら見えていて非常に危険が危ない。魔法職の生徒の常識なのか分からないが、フィノラ先輩も他の生徒と同じくスカート丈がギリギリだ。


「……丈が短いから捲れあがるんじゃないですか?」

「ううぅ~……私も恥ずかしいんですけどぉ~、友達が『魔法職の常識だよ?』って言ってたのでぇ~……」

「スパッツとか……」

「『履くなんて非常識!』ってぇ~」


 何が非常識だ。はぁ……俺はこの騙されやすい先輩に真実を教えることにした。

 魔法職ってのは女性が多く前衛は男性が多いこと、そのせいで自分の生存率を上げるために魔法職は前衛の男を誘惑してパーティーに入れてもらおうとしているのが常識になってしまっているだけであること。


「死ぬぐらいならパンツの一つや二つ見せるぐらい構わないというのは……人間の本能としては正しいとは思いますが、女性としてどうかと」

「そっ、そうだったんですかぁ~!?」

「やっぱり知らなかったんですね……」


 驚愕で身をのけぞるフィノラ先輩。だめだめそんなに動いたら、見える見える!

 俺は空き教室にあった手ごろな椅子を二つ持ってきて、先輩の近くに置く。対面に話しやすいようにと反対側に俺の分の椅子を置いて座った。


 先輩も落ち着きを取り戻して、俺の持ってきた椅子に座り足を組む。先輩の白い太ももが、これでもかというぐらい対面に座った俺に見せつけてくるのだった。


 俺は上着を脱いで、先輩のひざ元にかける。


「……男が対面にいるときに、不用意に足を組まないように」

「はわわわわぁ~! これもだめだったんですかぁ!?」

「魔法を教える前に、『常識』というものを教える必要がありそうですね……」


 俺がそう言うと、やだやだとフィノラ先輩が椅子から転げ落ちるように俺の腰にしがみついてきた!?

 ちょっ、位置、位置! 座っている俺の腰に深く抱き着くものだから、先輩が頭でぐりぐりしてる部分が非常によろしくない!


 足全体に広がる先輩のぬくもりとやわらかい感触に精神ががりがりと削られている俺は、思わず先輩に対しての敬語も剥がれ普段口調に戻る。


「抱き着くな馬鹿! 貴様は娼婦か!?」

「魔法教えてくださいいいいいぃ~!」

「だああああああっ、教えてやるから離れろ! 男に対して警戒心がないのか貴様っ!?」


 ありますうううぅ~! と文句を言いながらもぐりぐりするのをやめない先輩。《パラライズ》は……くっそ今使えねぇ!

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