第100話 『悪役』と魔法使い
朝練が終わり、授業もつつがなく終了する。周りの目がいつも以上に気になったが、特にやっかみは無いし陰口はいつも通りだ。
俺が先週暴れまわった噂は悪評と共にすぐに広まり、尾びれ背びれが付きに付きまくって『無実の平民の生徒100人を、貴族の特権で殴り返せないように脅し一方的に痛めつけた』と聞いた時には、やはり人のうわさは当てにならないなとつい笑ってしまったが。
だが今まで舐められていたのとは違って恐怖を感じてもらえるのは楽でいい。首輪の方も着実に認知されていっているのか、排斥運動やデモといったものも起きていない。
「ただ、魔物を狩りに行けないのはやはり怠いな」
俺はピタッと立ち止まり、放課後の廊下をなんとなしに見る。魔法を封じられている俺は、魔物に対しての有効打が存在しない。
魔物狩りの時ぐらいは解除してもらおうとフルル先生に頼んでみたが『将来君がなりたいものを見つけてからね』と優しく断られて魔物狩りに参加させてもらえなかった。
というわけで、朝の部活の話を思い出した俺はプラプラと学園を歩いている。部活をしている生徒たちの姿を遠目に見ながら、どんな部活に入ろうか考えているのだが……
「だめだな、まったく持って興味がわかん」
重いため息をついてしまう。このまま訓練場に足を運んで鍛錬しようかと一瞬脳裏によぎった考えを頭を振って追いやった俺は、もう少し学園を見て回ろうと再び足を前に進めた。
一人で訓練場に行ったら先週の二の舞、賢者は歴史から学ぶというが愚者でも自分の経験から学ぶ。
「とはいえ、だ――」
愚者である俺は立ち止まる。経験から行けば前回俺が一人だった時、
二度あることは三度あるではないが、ヒロインと出会うことは危険であることに変わりはな――
「ふえええぇ……誰か、誰かいませんかぁ~……?」
「ん?」
「助けてくださいいいいぃ~……」
そんな時、か細く助けを呼ぶ声が俺の耳に飛び込んできた。神様というのは俺のことが嫌いらしい、俺も嫌いだから相思相愛だなくそが……
この声には聞き覚えがある、もちろんゲームの時の話だが――俺は声を頼りに廊下を進んでいくと、とある空き教室にたどり着いた。
「『魔術研究部』……やはりか」
「っ、誰かいるんですかぁ? たっ、たしゅけてくださいいい~!」
気が抜けるような間延びした声、助けが欲しいはずなのに焦りを感じないその声に俺は扉の奥にいるキャラを確信する。
助けるべきか、それとも助けないべきか……ここに助けを求めている人がヒロインであるという確信がある以上、関わるのは危険だ。
おそらく俺の予想が正しければ、彼女に命の危機は差し迫っていないから無視しても構わないはず。
構わない、んだが……っ!
「俺の嫁が助けを求めてる……っ」
俺はこの扉を開けるか開けないかの選択肢に死ぬほど悩んでいた。『学園カグラザカ』においての俺の最推しがこの扉の先にいる……っ、けどヒロインと関わればまた余計な気苦労を抱えることになる。
いやだが……しかしっ!
悩んでいる俺の脳内で、天使と悪魔がささやいてくる。
(タイタン、貴様は『人一人救えない』ほど弱く狭量な我が身なのか? 面倒ごとの一つや二つ、抱えてこその貴族であろう?)
(他人に心を砕くなど俺らしくないなタイタン。今の貴様に、他人を慮る余裕があるとでも思ってるのか?)
……天使も悪魔もタイタンだった。
俺は決意し、扉を開けることにする。余裕があるかだと? 『人一人救うこと』に自身の余裕のキャパシティを感じなければならないとは笑わせる。
自分の弱さは理解している。だが……だからといって『賢く退く』のは、
「大丈夫か?」
「ひえええええぇ~! おっ、男の人ですかぁ? すみませんが、『あまり見ないで』助けてくださぁい~!」
「…………善処しよう」
扉を開けると、教室の中心でふわふわと浮かんでいる小柄な女子生徒が涙目に俺の方を見た。
風が床から上に吹き上げていて、スカートも制服も盛大に捲れあがって下着が丸見えになっている……あまり見ないで助けてほしいという無理難題に、俺は曖昧に返事をする。
魔法を発動しているのは彼女自身なので魔力を切ればいいのだが……あぁ、そう言えばここで発動している魔法は『ウィンドバインド』という風属性の拘束魔法だと考察しているプレイヤーがいたっけ。
効果は3ターン……魔力を切っても効果が残り続けるために、彼女は今あられもない姿になっているのだろう。
となれば俺がやることは一つ。
「あのぉ~? 背中向けてじっとしてどうしたのですかぁ~? 助けてほしいんですけどぉ~!」
「待っていたら効果は切れるタイプの拘束魔法だからな。
「これってそんな魔法だったですかぁ~、あなたは魔法博士ですねぇ~……きゃっ」
今引っかかってる魔法が何なのかを知った彼女は落ち着きを取り戻す。その瞬間効果時間が切れたのか、背中からどしーんと床に何かが落ちる音が聞こえた。
俺が振り向くと、しりもちをつきながら『わ~、地面だぁ~』とぺたぺた床を触っているオレンジブラウンの髪を乱れさせた彼女がそこに。
制服もさっきの魔法で乱れに乱れて、見る人が見れば事案だと思うだろう。
「ありがとう~ございますぅ~」
「いや、俺は何もしていないんだが……」
「魔法博士さんのお陰でぇ~、安心しました~」
口をにへぇと緩ませて、ピンク色のたれ目が安堵の表情を見せる。やはり間違いない……俺の嫁だ。
「あ~、自己紹介がまだでしたねぇ~。私はフィノラ・ブリックと申します~、お名前を聞いてもいいですかぁ、魔法博士さん?」
「タイタン・オニキスだ」
「そうですかぁ、タイタンさん……タイタンさん? タイタンさぁん!?」
俺の名前を複数回繰り返した彼女は、いきなりわたわたと慌てだして俺から距離を取るようにしりもちをつきながら後ずさりする。
怯えた目も合わさって完全に俺が女子生徒を襲っている場面にしか見えない、解せん……
「あっ、ああああああああの『悪鬼羅刹』、『酒池肉林の貴族』が目の前にぃ~! 私どうなっちゃうのですか、犯されちゃうんですか、食べれられちゃうんですかぁ~!?」
「あぁー……俺今そんな二つ名付いてるのか」
「ひいいいいぃ、こっち来ないでくださぁい! 催眠されてしまいますぅ~!」
両耳を抑えてぶんぶん頭を振るフィノラ。怯えている姿も小動物みたいで可愛い……ではなくて、俺は出来るだけ警戒させないように姿勢を低くして床に片膝をつける。
フィノラ先輩はもともとビビりな性格なのだ。魔物とか危ない人と距離をとって戦いたいというだけの理由で、魔法を専門に学ぶぐらいには。
だからこそ好感度が上がった時には、片時も離れようとしないべったり具合に……と、話が逸れたな。
「普通の人間なんだが。催眠魔法も持ってない」
「ほっ、ほんとですかぁ……?」
「持っていたら、こんなに嫌われてるわけないだろ?」
催眠で学園の人間に好感触を持ってもらうようにすれば良いんだからな、と肩をすくめながら言うとフィノラ先輩は納得したようなのか警戒を少しだけ解いてくれた。
「じゃあ毎日女をとっかえひっかえって言うのはぁ~……?」
「出まかせにも程があるだろう、俺は獣じゃない」
「じゃあ男をとっかえひっかえ……っ!?」
どうしてそうなる? ひゃあぁ~!と顔を赤く染めて口を押さえるフィノラ先輩を、どう怖がらせずに誤解を解くか俺は頭を痛めるのであった。
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