第97話 『悪役』と邪道

 ゆるりと一歩、間合いに入る。その瞬間ヒサメは引いて斬るのではなく、力で押し斬るように刀を振り下ろした!

 俺は冷静にシミターを構えて軌道を逸らす。そのままシミターを持った手の手首をひるがえし、鋭くコンパクトにヒサメに切りかかった。


「っふ!」

「甘いわっ!」


 流されることを予想していたのか、ヒサメは押し斬るために前に出した右足を引き戻しつつ刀を斬り返す。

 っち、やけに踏み込みが浅いと思った……俺のシミターと刀がぶつかり高い金属音が鳴り響く。


 だが跳ね上げられたからといって次の手を思いついてなければヒサメには勝てない。俺は間合いを取られては先ほどの二の舞になるとすぐさまその場で回転し、振り上げてがら空きになっているであろうヒサメの脇腹を狙ってシミターを叩きこむ!


「っと、危ないのぉ」

「『危ない』で済む判断力と避けられる瞬発力には毎回驚かされる……ぞっ、と!」

「かっかっか、殿方の激しい攻撃を毎日のように受けておったからの! じゃがここからは拙者の番ぞ」


 俺の攻撃を大きく弾いたヒサメは、カウンターとばかりに自分から間合いを潰して俺の胴体目掛けて刀を横なぎに振るった。

 シミターを合わせて何とか受けるが、足が完全に止まってしまう。ヒサメはそこを狙って怒涛の連撃を繰り出し始めた!


「流れを取られれば、拙者の歩調に合わせるしかないの!?」

「っ、確かにっ……な!」

「このまま攻めつぶしてやろうぞ!」


 四方八方から飛んでくる剣戟をいなしつつ、俺はヒサメの攻めのリズムを図る。守るだけなら殺気を読むことでなんとか対応できる、あとは……このタイミング!


 俺はヒサメの攻めのリズムが一通り終わるタイミングで左足を半歩外にずらして余計なステップを入れる。

 たったそれだけ……その動作を入れた瞬間、ヒサメの攻めのリズムが崩れた!


「ぬ、ぬぅ!?」

「ふっ!」

「っく、息が合わぬ!?」


 バラバラになって雑になるヒサメの剣戟――いや、雑になったというより『リズムが崩されて元に戻せない』という表現が正しいのだろう。


 右に二歩、余分に動く。ヒサメの振り下ろしが空ぶった。

 タタンと軸足を入れ替える。ヒサメのカウンターが失敗した。

 手首をくるりを翻す……俺のシミターは、ヒサメの首を正確に捉えていた。


「……拙者の負けじゃ」

「――っし。ありがとうな、ヒサメ」

「ぬぅ……なんというか、攻め方が実に嫌らしくなったのう」


 恨みがましい目を向けているヒサメに、ふっと笑いを返しシミターを下ろす。納得のいってない表情のまま刀をぶんぶん振り回して、ヒサメは自分のテンポを思い出しながら質問してきた。


「拙者の悪かったところはあるかの?」

「まあ、初撃だな。正直あれが一番ひやっとした、あれを当てられなかったことじゃないか?」

「引き斬ると間合いがいつもより短くなる感覚が、まだ身体に馴染んでおらんでなぁ……」


 一通り刀を振り回して満足したヒサメが納刀すると、シアン姫たちが近づいてきた。

 不思議そうにヒサメを見たシアン姫が首をかしげる。


「あの……最後のところ、いつものヒサメ様では考えられないようなミスをしていたようですけど」

「……ん。剣筋も、雑」

「それはタイタン殿に言っておくれ。こやつ、拙者の歩調に合わせたうえでわざと乱してきおった」


 実際に戦ったヒサメはなんとなく何をされたのかを理解したようだ。俺は首肯しながら種明かしをシアン姫たちにする。


「ヒサメの攻撃のリズムを崩したんですよ。余分な動作を混ぜることで少しずつ相手のテンポをずらしていった結果が、シアン姫たちが言う『考えられないようなミス』に見えたのでしょう」

「そうじゃな。この攻撃は弾かれる、この攻撃は避けられる……ならば次はこうしようという考えをしておるのにどんどんズレていくのじゃ。悪質じゃのぉ!」

「ヒサメからすれば来るであろう攻撃が数瞬遅く届くし、受けられるであろう剣が数瞬速く存在するみたいな感覚だったんじゃないですか?」


 それ、それじゃ!とぷくーっと頬を膨らませながらぶんぶん腕を振るヒサメ。いつもの余裕はどこへやら、子供のように「不満じゃ!」と全身を使って表現している。

 そんなヒサメを見てシアン姫は「いつものヒサメ様じゃない……」と少し引いていた。


「タイタン殿の先の戦い方は、如何に相手に『全力を出させぬか』という戦い方じゃ……自分の実力が十全に出せぬとなれば、不満もあろう」

「えぇっと、つまりは実力を出せないように封じる戦い方と?」

「そうじゃ。無論、口では簡単に言うが実際にやるは難しいことこの上ない。一旦流れを持っていかれると単純な力量でそのまま負けてしまうという欠点を、かように埋めてくるとは――」


 悔しいが負けを認めるしかないのぅ……としょんぼりしてヒサメは肩を落とす。シアン姫の隣でそれを見ていたユノは、俺の方に近づいて袖を軽く引っ張った。


「……教えて」

「別に構わんが難しいぞ」

「……それでも、いい」


 まあ、ヒットアンドアウェイの戦法を取るユノは相手のリズムを崩す方法に可能性を見つけたのだろう。

 というわけで昨日思いついた戦法をユノに話してみる。


「……馬鹿?」


 罵倒された。まあやってることは同時に二つのテンポを相手にぶつけてるだけだが、頭の中で同時にジャンルの違う二曲を流すようなものだ。

 しかも混ざってはいけないという制約付き、まさか俺も一日練習するだけで会得できるとは思いもしなかった。


「……頭は一つ、二つない」

「そら人間は大体そうだろ」

「……無理」


 ぷしゅーっと頭から煙を出しながら俺から離れるユノ、やってみたはいいが混ざってしまって混乱したのだろう。

 俺がユノから目を離すと、ヒサメとシアン姫が昨日のことをフルル先生に聞いているのが見えた。


「――それでね、タイタン君が右足と左足で違うステップ踏むコツを掴んじゃって……」

「何というか、化け物じゃのぉ。単純な力量では勝てぬゆえの技量の追求だとはおもうのじゃが、やってることが並みの人間ではない」

「うぅん、うーん……? だめですね、右足のステップに左足が付いていっちゃいます」


 軽く足踏みして首をかしげているシアン姫。まあ、そんな簡単に出来たらそれこそ才能だろう。俺も一日中足踏みしまくってやっと粗削りながら出来たことだ、まだまだ精進が足りない。

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