第96話 『悪役』と戦い方の変化

 次の日、二日しか経っていないというのに訓練場の空気が久しぶりのように感じる。

 訓練場に足を踏み入れた俺は、みんなが来るまで軽く走りながらそう思っていた。


「はっ……はっ……」


 先週までのようにただ走るのではなく、地面を踏む足のリズムを意識しながら走る。時に速く、時にゆっくり――急なリズム変更に足がついていけるように一歩一歩踏みしめていた。


「おはようございま~す……って、一番乗りじゃなかったですか」

「おはようございますシアン姫」

「あんな一件があったというのに変わりませんね貴方は……私もみなさんがいらっしゃるまでちょっと走ります」


 ご勝手にどうぞ、と走りながら声をかけるとシアン姫は並走するように俺の隣を走り始める。

 だがペースが急に変わる俺の走りに合わせにくかったのか、俺に付いていくのを諦めてすぐに自分のペースで走っていった。


 みんなが集まってきて俺たちは走るのをやめる。息を整えていると、心配そうにシアン姫が近づいてきた。


「あの……何か後遺症とかありますか?」

「はい? いえ、今すぐ戦いたいぐらいには元気が有り余っていますが」

「いや、その……走るペースが一定じゃなかったので。森の一件で何かあったのかと」

「大丈夫ですよ。今日の訓練で新しい戦い方を見せるための準備ですから」


 俺がそう言って笑うと、シアン姫もふふんと鼻を鳴らしながら自慢げにふんぞり返る。


「タイタンさんが休んでいる間にも私はヒサメさんと訓練して強くなりましたからね。今日こそ勝たせていただきますよ」

「うむ、先週のシアンと同じだと思っておると痛い目を見るぞ?」

「それはこっちも同じですよ。休んでいたからといって止まっている俺じゃないですから」


 泣かないでくださいね?と俺が煽ると、フルル先生が訓練場に入ってきながら俺の言葉に同意してきた。


「どんな戦い方をするかはボクも分からないけど、昨日のタイタン君を見てる限り本当に気を付けた方がいいよ? ……主にエッチな方面で」

「ならば拙者からじゃな!!」

「……ステイ、ヒサメ」


 呆れ顔をしながらジト目をして放ったフルル先生の言葉に、おおよそ一国の姫がしてはいけない顔をしながらずいっと前に出てくるヒサメ。

 ユノがヒサメの腰をガシッと掴みながら引き留めようとしているが、筋力差でずるずるとユノが引きずられている……ったく。


 やれやれと首を振りながら俺はフルル先生に反論する。


「昨日のうちにコツはつかんだので今日はそんなことになりませんよ……多分」

「心配だなぁ。君ってなにかとエロい目に遭うし」

「拙者だけまだ一度もそんなことが起こっておらぬのだが!?」


 ヒサメが恨みがましく俺の方を向いた。起こるも何も、起こってない方が良いだろうが……シアン姫もユノもフルル先生の『エロい目に遭う』という言葉に無言で頷いている。


「もう最近は『仕方ないなぁ』と諦めてくるようになりました」

「……ん、そういう星に生まれた」

「あーわかりますそれ。性的な目で見てこないし真剣勝負の末に起こるので悪気があってしてるわけではないのは分かるんですけどね。国が国なら『御身に着やすく触れるとは何事か!』と即死刑ですよまったく」


 言いたい放題言いやがって……シアン姫やユノはヒサメよりも間合いが近いからそういう事故のリスクが大きいだけだ。

 ヒサメのように『自分の間合い内は絶対に優勢であり続ける』実力を持たれたら俺は勝てん。


「ぬおおおおお……っ! タイタン殿、一戦頼む! 新戦術とやら、手ごわい相手の方が良いのではないかの!?」

「まあ、それはそうだが……」

「なればすぐ仕合しあおう、そして拙者をく押し倒すのじゃ!」


 それを主目的にしたら絶対手を抜くだろ、と俺が言うと――ヒサメの纏う空気が変わった。


「無論手は抜かぬぞ? 拙者は奥ゆかしい倭国の女子おなごなのでな、いつまでも待つのは得意なのじゃ」

「っ、ほぅ……あくまで負けないと豪語するか。その自信、へし折ってやるよ」


 ピリッと空気が張り詰める、俺も意識を切り替えてヒサメを見据えた。ユノも空気を察してヒサメから離れる。

 俺もヒサメも剣を抜く、『抜刀』は初めから使わないのかと俺が戦闘スタイルが変わったヒサメを見て疑問に思っているとカッカッカ、と快活に彼女が笑った。


「『刀ってのは引いて斬ることを主にした武器』、であろう? ならばこちらから攻める《抜刀》は悪手、拙者の間合いに入ってこい――修羅よ」

「明らかに『待つ』スタイルに変わってやがるな、この土日でどれだけ成長してやがる」

「それは拙者も同じ気持ちじゃ、対峙しておるときにかかとで足踏みしておるのは分かっておるぞ」


 まったく戦い方が分からぬ、と刀を中段に構えてにやりと笑うヒサメ。あくまで待つか、ならばこちらからリードさせてもらう!

 踵で踏んだリズムを心に、俺はヒサメの間合いに正面から入り込む。いや、正確には『入り込もうとした』。


「ッシ!」

「……っく!」

「おっと、そう簡単に間合いには入らせぬぞ? 戦い方は分からずともやることは同じ、拙者に近づくことすら敵わぬままに切り刻んでやろうぞ」


 俺がヒサメの間合いに一歩足が入った瞬間、ヒサメはすっと一歩引きつつ刀を振り下ろす。

 ――あまりにも静かなその動作は、ヒサメが動いたということすらも認識するのが遅れるのだった。


 初撃を運よくかわせたのは、ヒサメの技術が発展途上だったからに過ぎない。鼻先ギリギリを通った刀の刃を前に、俺は冷や汗を流した。


 柳のように避けるヒサメに焦って突っ込めば刀の刃だけが俺の身体に届く、これは厄介だな……俺は足を止めてヒサメと再び対峙した。


「つれないな、ヒサメ」

「お主の戦い方は自分の歩調に相手を載せて圧殺する戦い方よ、なれば最初から相手にせねば良いだけのこと」

「ふむ……では『リズムを変えよう』」


 俺はそう言うと、ゆったりと散歩するかのように歩きながらヒサメに近づいていく。引いて斬るのが刀である以上、ハイペースではなくスローペースで攻めるのが効果的だろう。


「ぬぅ……? 斬りにくいの」

「じりじりと後退するだけじゃあ、壁際に追い詰められるだけだぞヒサメ」

湾刀わんとうは勢いをつけて叩き斬る武器、かような牛歩から繰り出される攻撃では、拙者の刀の方が速いし重いぞ」


 そう煽るヒサメに、俺は獰猛に笑い返す。じゃあ試してみよう、俺はヒサメの間合いに再び足を踏み入れた――

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