第56話 復讐者と思い出の味

 ユノのお気に入りのパン屋さんにみんなを連れてきた。お金が無かったときにパンを恵んでくれたおじいさんとおばあさんがいるの、その時食べたパンがユノを今まで命を繋いできてくれた。


「ん、ここ」

「『クラムベーカリー』ですか、パンの焼ける良い匂いが扉を開ける前から香ってきます~」

「くうぅ、この匂い。空きっ腹にはちとキツいのぉ」


 シアン姫とヒサメも気に入ってくれたっぽい?気に入ってくれると良いな、ユノはみんなを連れて『クラムベーカリー』の扉を開けた。たのもー。


「いらっしゃい……って、ユノちゃん!まあまあ、見ない間にこんなに綺麗になって……今日はどうしたの?」

「ん、お友達連れてきた」


 恰幅かっぷくの良いおばちゃんがユノの姿を見て驚く。シアン姫に選んでもらった服を着て良かった、可愛いって言われた。

 このおばちゃんがユノの恩人、ユノが今生きていられるのも……だからどうしても、友達を紹介したかった。


「お、お邪魔してます」

「ここがユノ殿が言っておった『穴場』なのかの?」


 ヒサメの言葉にユノは首を縦に振る。おすすめのパン屋さん、ちょっと入り組んだところにあるけど味はユノが保証する……っ


「あらあらこちらも綺麗なお嬢様達!ようこそ『クラムベーカリー』へ、夫のクラムと二人でパン屋を営んでおりますブラウと申します……これからよろしくね?」


 ニコッと柔和な笑みを浮かべるブラウおばちゃんに、シアン姫達も初めて来た緊張がほぐれたのか笑顔で返してる。そんな中、パン工房からクラムおじちゃんが出てくる。


「昼から客とは珍しい……っと、ユノ?ユノなのか!?」

「おじちゃん、久しぶり」

「ったく……!生きてるなら顔出せってんだ」


 子どもの時に出会ったときよりちょっと白髪が増えたクラムおじちゃんは、当時と変わらず温かくユノを迎えてくれた。

 本当にここは……温かい。


「今日はちゃんと客としてユノは来た」

「あらまぁ!大丈夫?ちゃんとお金はある?」

「……んっ」


 ドンッとユノの持っていた財布をカウンターに乗せる。ユノの小さい頃に受けた恩を、これで少しでも返せると良いな。


 ぺしっと軽く頭をクラムおじちゃんに叩かれる、なんで?いきなり叩かれた頭を抑えつつクラムおじちゃんに目を向けると……


「うちはぼったくりじゃねえし、そんな金に見合うだけのパンを今から焼けるかってんだ」


 だから、とクラムおじちゃんは財布をユノの元に戻して笑う。


「客としてきたなら、ちゃんと値段通りに払いなユノ」

「……でも」

「小さい頃にやったパンは売れ残り……つまり0ギルだから気にするな」


 そういってクラムおじちゃんは頑としてユノから必要以上のお金を受け取ることは無かった。

 ……優しいな、やっぱりここは。ユノが財布をカバンに戻すと、ブラウおばちゃんが『さあさあ!』とユノ達を商品棚に連れて行く。


「うちのパンはどれも絶品だよ、好きなのを選びな!」


 シアン姫もヒサメも、色々パンを見ては美味しそうとか可愛い見た目じゃのうとか言って仲良く選んでる。それがユノの大切な場所を受け入れてくれたみたいで、なんか嬉しい。


 ……ユノもこの店で客としてパンを選ぶのは初めてだから、その会話にユノも入れて。



「た、たくさん買いましたね」

「ん。ユノは少しでも恩を返したい」

「紙袋が破裂せんばかりに膨らんでおる……っ」


 シアン姫とヒサメがユノのパンが入っている紙袋を見て驚いている。なんで?少し量を買っただけ、むしろいつもみんなが食べている量が少ないから心配になる。


 近くのベンチに腰掛けて三人でパンを頬張ほおばる。一口かじった瞬間、鼻に抜ける小麦の芳醇な香りと仄かなバターの味……ユノの思い出の味。


 両親が死んでから、子どもだったユノとチヨは日々を生きるのに必死だった。身体を売ろうとも考えたけど、『痩せ細ったガキの需要なんてねーよ』って追い返されたのを覚えてる。


「んっ、これはおいひいれふね!」

「食堂で食べられるパンとはまた違った味わいがあるのお!」


 お金も無くて、ひもじくて。チヨが『おねぇちゃん、お腹空いたね』って言葉に頷きながら、必死に食べれるものを探しては二人でわけていたっけ。


 夏は野菜が腐りやすいから食べてお腹が痛くなったり、冬は料理屋さんが煮込み料理を作るので野菜の切れ端が少なかったり。

 お母さんの手料理の味を思い出して、チヨに気付かれずに泣いていたこともあった。


 そんなとき、ブラウおばちゃんと出会ったの。その日は夏の暑い日で腐った食べ物しか落ちてないのをよく覚えてる……


「くっ、次々と食べてしまいます。カロリーが……いやでも……っ」

「なぁに、食べたらその分動けば良かろう!今は食べようぞ?」

「それもそうですね!うん、食べた分だけ動きましょう!」


 お腹を空かせたユノとチヨは方々を歩き回って、『クラムベーカリー』の前で力尽きた。ここで死ぬんだって思ったとき、もう頑張らなくて良いんだなと謎の安心感に包まれていたっけ。


 でも、そんなユノとチヨをブラウおばちゃんは見捨てずに店に入れてくれて。クラムおじちゃんに売れ残りのパンを食べさせてもらった。


 店の前で倒れられると困るとクラムおじちゃんは怒っていたけど、ブラウおばちゃんが『あれは照れ隠しよ』と教えてくれた。


 その後も、ちょくちょく店の前に訪れては時にクラムおじちゃんに呆れられながら、時にブラウおばちゃんに水浴びもさせてもらいながらユノとチヨは生きながらえることが出来た。


 ……チヨの一件があってからめっきり顔を出すのを忘れていたけど、今日あそこに行けてよかった。


 今度は、タイタンも誘ってみよう。まずは次の休日の予定でも聞くところから。

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