第57話 『悪役』と新武器
俺は渡された曲刀、《シミター》を持つ。剣先に近付くにつれて広がる剣幅と滑らかな曲線が特徴のその剣はゲームでは攻撃力を+20する武器だったはずだ。
だが、現実問題これが俺に扱えるのか?軽く振ろうとすると……慌ててベアのおっさんが止めに入った。
「待て待て待て!ここで振るんじゃねえよ、うちの裏庭を貸してやるから我慢しろ!」
「む、すまん……」
良いんだよ、そういうやつは何人も見てきたしな……と裏庭に続く扉を開けてくれるベアのおっさん。
俺は申し訳ないと思いつつも裏庭に出ると、ちょっとした剣を振れるスペースと
「ここなら存分に振ってくれて良い、剣の切れ味を試したかったらこの巻藁を使ってくれ」
「それは良いんだが……人目が多いな」
俺は裏庭を見渡す。裏庭は簡単な柵でしか囲っておらず、大通りに面しているせいで色んな人の目に付いていた。
「商品のアピールだよ、『俺の作る武器は凄いんだぜ!』っていう宣伝も兼ねてる」
「俺の剣の腕が悪かったらどうするんだそれ?」
「その時は見世物にでもするさ、一笑いを大通りのみなさんにお届けできる」
客を見世物にするなよ……と思うが、同時に商品を宣伝するのに最適な場であることも理解出来る。
はぁ、雑音が多いが……やるか。
ベアのおっさんが遠くで見守っている中、俺は巻藁の前に立つ。頭の中に思い描くのは……昨日のヒサメの戦い。
俺は目を閉じて脳内にヒサメの攻撃を想起する、流れる様な連続攻撃にこの《シミター》でどんな変化が現れるか……
まずは軽くシミターを振る……っと、剣先の方が剣幅が広いのでロングソードよりも重心が先の方によっている。思わず俺の身体が流れて、脳内のヒサメの初撃に対応出来ずに首をはねられた。
だが感触は分かった。次は反撃という形の練習をする、脳内のヒサメが振り下ろしてきた刀を右に受け流そうとする……と、今度は振りが速すぎてヒサメの刀が当たる前に曲刀が先に右に振り切ってしまった。
当然そこから回避する事も出来ずに俺の身体はバッサリと縦に斬られる。
くっ、今まで使ってきたロングソードとは訳が違って癖が強い!何度も脳内でシミュレートしながら《シミター》を振るが、何度もヒサメに斬られてしまっていた。
どうすりゃこの武器使えんだよ……俺がそう思っていると、ベアのおっさんから声がかかる。俺が目を開けると、ベアのおっさんがもう
「こいつはロングソードのように叩き切る武器じゃ無くて、撫でて切る武器だぜ若いの。砂漠の国からこいつは伝承されたんだが……戦う姿が『まるで踊っているようだった』と言われるぐらいには華々しいらしいぜ」
「『踊っている』……か」
ベアのおっさんが言った言葉を反芻する。踊っている、踊っている……そうか!俺はベアのおっさんの言葉からある着想を得て、もう一度目を閉じてヒサメを想起した。
何も反撃する際に両足をどっしりと地面に付ける必要は無いんだよ、力を受け流しているんだ……踊るようにステップワークを細かに変えていけ!
右に振り切ってしまうなら俺の身体ごと左にずらせ、曲刀を振るスピードを落とすぐらいなら俺の身体を使うんだ!
そして脳内のヒサメが振り降りした刀が俺の持つシミターに当たる……と、シミターの曲線に合わせて滑らかにヒサメの刀は右に
そして剣先近くに重心が偏っているシミターの癖がここで作用する。うっお、剣が戻せねぇ……!だったらぁ!
俺はその場で剣を振った勢いそのままに一回転、さらに遠心力が加わって加速したシミターを脳内のヒサメに叩き込む!
「嘘、だろ……」
俺の脳内では、ヒサメの刀が返ってくる前に『一回転した俺のシミターの方が速く当たる』という結果をはじき出した。こんな速いのかよ《シミター》って……
「おっ、なんか掴んだみたいだな」
「あぁ……いや、だが剣を振りながら敵に背を向けるって自殺行為すぎないか?」
「ん?んー確かにそうだよな。こう、もっと小さい範囲で取り回しできたら良いんだが」
小さい範囲、それこそ腕……じゃダメだな、もっと小さく手首辺りで《シミター》を回せるように練習しないと。
「おっと、このまま見ていても悪くはねぇがこっちも商売なんだ若いの。どうだ?買うか?」
「……買いだ、だからもう少しここで振らせてくれ」
俺は財布をベアのおっさんに放り投げる。試したい……練習したい……ッ、もう一度ヒサメを想起して振りおろしを右に逸らす。
そして流れたシミターの勢いを殺さずにを手首で回転……ッ、くっそ!勢いが落ちた!
「……完全に没頭してやがる、財布も全財産俺に投げちまってよぉ」
ベアのおっさんがブツブツなにかを呟いているが知らん。もっと踊れ、もっと速く!なんだこれ、攻撃の仕方のバリエーションが無数に増えていく……!
円を描くように剣を振る《シミター》は受け流すのに最適な剣すぎる、しかもそれだけじゃ無い……
俺は脳内のヒサメの袈裟斬りを強引に受け止めようと《シミター》を前に出す。力に押されないように柄を持ってない手を剣身に添えて精一杯踏ん張る……と。
その瞬間、脳内で描いたヒサメの刀は《シミター》の曲線に合わせて反り上がる!そう、この剣は……弾きからの受け流しまで自然に移行することが出来るんだよ。
後はその力を流すように何処かへやれば――ほら、また届いた。
選択肢が無数に出てくる……面白いッ!
「すげえ楽しそうに剣振ってるな、アイツ」
ベアのおっさんが見ている中、口角が上がった俺は日が傾くまでシミターを振っていた。
ズボンという買い物メモは脳内からすっぽり抜け落ちていたせいで、夕暮れに閉店間際の店に駆け込んでサイズの合わないズボンを買ったのが俺の今日の成果だ……明日はちゃんとズボンを買うぞ、俺忘れない。
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