第27話 『悪役』と平民

 フルル先生に保健室を追い出された。曰く『眠くて限界なんだ、王女を正座して怒れるぐらいに元気になったんだったらベッドを代わってくれないかい?』とのこと。


 ありがとうフルル先生、保健室から出る前に「小さなケガでもすぐに来たまえよ~」とすっごい眠そうな声で言ってくれた事は忘れないぞ。


 さて、《履修登録》も何故か勝手にされてしまったし今日はもうやることは無い……はずだ。


 俺は寮に向かおうと廊下を歩く、と。


「おい、あれが例の……」

「最っ低、死ねば良いのに」

「貴族ってそんなに偉いのかよ……っ」


 周りの生徒がこっちを見て嫌な顔をしている。まあ、公衆の面前でシアン姫の胸揉んで衛兵に連れて行かれたもんなぁ。嫌われても分かるが……貴族?


 周りの生徒達から聞こえてくる陰口に俺は思わず首をひねる。そもそも俺はあいつらオニキス家からの支援は一切無いはずだ、名目上では俺は貴族だけどカグラザカ学園に通っている平民よりお金持ってないからな俺。


 そんな俺に貴族の権威が介入するような時なんて、それこそ牢屋から出所するときぐらいしか思いつかない。


 まあ、事実は違うけど……貴族の権力でもみ消したと勘違いをしている生徒が多すぎて、否定するのも時間が掛かって面倒くさい。


 というか誤解を解く時間を剣の練習に使いたい!寮に帰るまえに先生に予備の剣もらいに行って練習場にでも行こうかな……


「おいっ!タイタン・オニキス!」

「ん?」


 最悪、鉄のロングソードを1200ギルで買うためにオークの牙を売却することも視野に入れないとなぁ……なんて考えながら歩いていると、いきなり背後から声を掛けられた。


 俺が振り向くと、そこには背の高いイケメンが。目鼻立ちがしっかりとしており、茶髪をワックスで軽く固めて整えている……俺知ってる、あれショートウルフっていう髪型でしょ?


 目もぱっちり二重で、これまた茶色の目がよく顔に似合っている。なにこの爽やかイケメン?眉をひそめて怒っている姿も絵になっているなぁ。


「どうやってA組に入った!?お前がA組に入ってさえ無ければ、俺がA組だったんだ!」


 そのイケメンがいきなり激昂げっこうしたかと思うと、俺の胸ぐらを掴みはじめた。おいおい、お前は俺を知っていたとしても俺はお前を知らないんだよ……誰だコイツ?


 マジで知らない、俺のゲーム知識にないキャラだぞ?でもまずは……


「手を離せ野蛮人が。このカグラザカ学園の挨拶はまず胸ぐらを掴むことから始まるのか?」

「んだとぉ……!」

「聞こえなかったのか?手を離せと言ったのだ野蛮人」

「黙れッ!」


 拳を振り上げる野蛮人。……ッチ、俺は大きく舌打ちして《パラライズ》を放った。


 タイタン の 《パラライズ》!▼


 野蛮人の右腕 は 麻痺 になった!▼


「なっ!?」

「名も名乗らぬ、すぐ暴力に走る。野蛮人以外の何者でも無い。次は無いぞ、

「……くっ」


 右の拳が顔の横まで引いた状態で固まってしまい、どうすることもできないイケメン。渋々といった感じで俺の胸ぐらを掴んでいた手を離した。


 あの程度の威圧でビビるわけねーだろ、アンデルセン王やフードの男と戦っていた時に比べればそよ風に等しいわ。


 制服の胸に付いたシワをクイクイッと引っ張って伸ばす……くっ、シワがとれねぇ、この世界クリーニングってあるのか?


「おい、解除しろ」

「はぁ?」

「離してやっただろ、解除しろっつってんだよ!」


 右の拳を顔の横まで引いた状態で固まっているイケメンが左手をブンブン振りながらそう言ってくる。ははーん分かったぞ、さてはこいつ馬鹿だな?


「いきなり襲いかかってきた奴の言うことなど、聞く必要があるか?」

「いいから解除しろ!」

「はぁ、話を聞かない。絶対的な正義は自分にあると言いたげな態度だな?だが残念だったな、暴力を振るった時点でお前の正義はない」


 時間で解けるからそのままおかしな格好で固まってろ、と俺は言ってきびすを返す。名前も知らない奴に構ってやれる時間なんてない、早く強くなりたいんだ俺は……この問答すら鬱陶うっとうしい。


 そんなとき、背後からイケメンの声が響き渡った。


「決闘だ!」

「あ?」

「俺と決闘しろタイタン・オニキス!お前が俺より強いなんてあり得ない!お前が俺より上にいるなんてあり得るはずがないんだよ!」

「はぁ……」


 馬鹿は馬鹿でも自身の力を過信しているタイプの馬鹿か。付き合ってられん、俺はそのまま黙って歩き出そうとする……と。


「おい、何の真似だ」

「決闘を受けろタイタン・オニキス!」

「そうよ!こわいんでしょ!?平民の彼に負けるのが!」

「どうせ貴族の力で奪い取ったんだろA組の席をさ!」


 俺の目の前を周りの生徒が塞いでいた。あぁ、貴族の力云々うんぬんってそういう……


 つまり単純に『A組に俺が入ったのが気に入らない』ってだけか、だがおかしいな?確かにシアン姫の胸を事故とはいえ揉んでしまった訳だが、ここまで嫌われることはないぞ?


 さらにおかしいのは……なぜ俺の弱さが?学園に入学して2日目だぞ、しかもほとんど学外に居たから俺の力なんて見れるはずがない。


 何かがおかしい。俺が知っているルートじゃない、ゲームには無かったルートを進んでいる気がする……俺はその可能性に気がついて眉をひそめた。


 それが周りの生徒にはいらついているように見えたのだろう、精神的にきていると勘違いして更に道を塞いできては口々に俺に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてくる。


「なんとか言ってみろよ雑魚!俺たちにすら勝てないからって黙ってるんじゃねぇよ!」

「こんな人がカグラザカ学園にいたら『平等性』に反しますわ!今すぐ校長先生に言って退学にして貰おうかしらっ!」

「決闘受けて無様に敗北しろゴミ!」


 有象無象うぞうむぞうが何か言っているが、耳を右から左に抜けて言ってしまい頭に残らない。今までの俺だったら心が折れたり怒ったりしたのだろうが、『悪役』として生きると決めた以上、嫌われることは覚悟している。


 、この違和感を解決する方が先だ。俺はさっきのイケメンに振り返る。


 取りあえず、このイケメンから話を聞かないといけないな。たった2日でこんなにも人を一致団結させるカリスマ性を持つゲームキャラ……一人だけ心当たりがあった。


 そりゃ顔も見たことねぇわけだわ。


「貴様、もしかして『ハルト・ウルリッヒ』か?」

「あぁ!世界で最強の男、それが俺……ハルト・ウルリッヒだ!」


 ハルト・ウルリッヒ、ゲーム『学園カグラザカ』主人公の……そのデフォルトネームだ。

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