第26話 『悪役』とこれから

 美味かった……舌の肥えてるであろうシアン姫が『美味しい』と評価するだけある、ピリ辛のタレに絡まった野菜やレバーが空きっ腹にダイレクトに刺さって箸が止まらなかった。


 フルル先生が一緒に持ってきてくれた中華スープもまたレバニラ炒めに合うんだ。醤油ベースの薄味でネギしか入れられていないから一見質素に見えるけど、レバニラ炒めとセットで食べたときにこの中華スープは真価を発揮する。


 レバニラ炒めって味が濃いんだよ、それをこの薄味の中華スープを飲んで口の中をリセットすることで、また味の濃いレバニラ炒めが食べたくなるんだ。


 普通の水やお湯じゃ、この無限ループは完成しなかった。幸せだったぁ……


「持ってきたときは少し多いかと思ったけど、ペロリとたいらげたね。これが若い男の子の食欲か」

「すっごい幸せそうな顔して食べてましたね、タイタンさん」


 ニヤニヤと笑っているフルル先生とシアン姫の顔を見てハッ!と現実に戻る。あ、あまりに美味すぎて周りも気にせずがっついてしまった……


 いや、それだけ美味かったんだよ。これが毎日食べられる?まじかよ、カグラザカ学園最高だな。


 フルル先生が俺が食った後の皿を持って、食堂に返してくるよーと再び保健室を出て行った。またシアン姫と取り残される、いやもうシアン姫も出て行って良いんだけど?


「えっと……まだ何か?」

「え?あ、あぁ!えと、えーっと……ううぅ、別に良いじゃないですか私がどこにいたって!」


 目を泳がせながら理由を探して、結局見つけられなかったシアン姫が開き直る。こういうところ、普通に可愛いんだよなぁシアン姫。


 と言っても、流石に自分が寝ているところをシアン姫に見られているのは気まずいし気恥ずかしい。フルル先生?良いんだよあの人はママだから。


「昼から《履修登録》ですよね?行かなくてもいいんですか?」

「《履修登録》は一週間の講義を決めて、書類を担任に提出するだけですから。既に出していますよ」


 そう、今日は《履修登録》のイベントが昼からあるんだ。飯食って頭が回り始めたから思い出した、1年生の重要なルート分岐なんだよこのイベントって。


 A組に入った主人公は一週間の講義を自由に設定することが出来る。その講義の種類によって一緒に受けるヒロインの好感度が上がったりステータスが上がったり、スキルを覚えたりすることが出来るのが《履修登録》イベントだ。


 もちろんこれは一年に一回、4月に起こるイベントで学年が変わる度に受けられる講義も変わっていく仕様になっている。それゆえに2年から攻略可能なヒロインも「カグラザカ学園」には存在していた。


「そうですか……俺が受けたい講義は2年からしか登録できないので、今年はどうしようか迷っているんですよ」


 ちっ、もう既にシアン姫は《履修登録》を終わらせていたのか。この話題を出して上手いこと帰ってくれれば良いなぁ……なんて思っていたけど、作戦は失敗だ。


 そんなことを思っていたら、シアン姫は不思議そうに俺を見ていた。そしてシアン姫は──


「え?だから言ったじゃないですか。

「……え?」


 そう言ってニッコリと笑った。いや、そんな可愛く首をかしげられましても……『既に出してる』って、まさか!?


 俺がシアン姫の言葉を理解したとき、思わず口が引きつった。


 もしかして……もしかしてなんだけどさ。


「シアン姫、俺の講義って……」

「安心してください!私のと一緒に、同じ講義内容で出しておきましたから!」

「なに勝手にしてくれちゃったんですか!?」


 良い笑顔だなぁ、まったくよぉ!マジで?マジで俺、王女様に講義全部決められたの!?


 王女様の1年のカリキュラムって確か……剣技全振りだったよな?月曜から金曜までみっちり剣技。

 タイタン君にとってかなり相性の悪い講義。それをこの女はぁ……!


「正座」

「はい?」

「正座しろと言ってるのだこの阿呆あほうが!」

「ぴぃっ!」


 俺は烈火のごとく怒りをシアン姫に向ける。シアン姫はあまりの俺の勢いに気圧けおされて反射的に保健室の床に正座した。


 ベッドの上から小さく縮こまっているシアン姫を見下ろす。俺の最強計画が初動から潰されたのだ、怒りたくもなる!


「王女だからといってなんでも自分の勝手に他人を振り回すな!」

「だ、だってお父様からタイタンさんの監視を頼まれましたし……」

「それは間者の疑いを晴らすためだろうがっ!ならば外出や不審な場所に行く時に監視の目を置けばよいだけの話であろう!?」

「うっ、ごめんなさい……」


 涙目で反省するシアン姫を見て、俺の溜飲が下がる。あぁもう、女の子に泣かれると弱いんだよ……ったく、もう前向きに考えるかしかないか。


「はぁ……やってしまったものにはもう仕方がないです。来年は自分が決めますからね?」

「許してくれるんですか!?」

「は?許すわけねぇだろ、しばらくそこで正座してろ」

「ひぃん……」


 ぺたんと座って悲しそうに正座しているシアン姫を横目に、俺は爪を噛んで頭の中で組んでいた1年の計画を白紙に戻す。


 こうなりゃデバフ魔法の『使い方』に関しては実践で試していくしかないな……シアン姫は確か、剣技の講義以外に戦闘訓練の講義を取っていたはずだ。


「あ、足が……」


 戦闘訓練の講義ではモンスターと戦ってレベル上げをするタイミングがある、そこでデバフ魔法の新たな『使い方』を模索していくしかない。


 あーあ、魔法学の講義を取ってたら安全な場所で悠々ゆうゆうと出来たんだがなぁ。


「っ……ぁ、あぁ……」


 あらゆる手を尽くして、あらゆる努力をすると決めただろ俺。相性が悪いとか関係ねぇ、長所デバフ魔法を伸ばすのも短所剣技の弱さを潰すのも全部やってやるよ。


「はぁ……はぁ……」

「帰ってきてみれば、なんで王女様は正座しているんだい?」


 帰ってきたフルル先生がきょとんとしている。気にしないでくださいフルル先生、彼女は今おのれを戒めている最中ですので。


 このあとたっぷりと1時間は正座させてからシアン姫を解放した。もう、足腰が立ちません……とヨロヨロ保健室を出て行った彼女。絶対それ他で言うなよ?

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