58 Raining

 暖かな雨の降り注ぐ、四月の日だった。「closed」の札がかかっているにも関わらず、傘立てには多くの傘が置かれていた。

 アカリが店内に入ると、既に店内には他の吸血鬼たちが集まっていた。


「もう、アカリおそーい!」


 ハノンが叫んだ。


「ごめん、ちょっと遅れた」

「まあまあ、ボクの隣空けといたから、座りなよ」

「うん」


 冬馬と恭子は、互いの親への紹介を終えていた。籍は今年中に入れる予定だ。一人暮らしを始めたハノンは、たまに冬馬と恭子の間にお邪魔し、三人で楽しく過ごしている。


「おっ! アカリちゃん、久しぶりだなぁ。元気してた?」

「カケルこそ」

「こんばんは、アカリちゃん」

「どうも、セツナさん」


 お試し期間が終わった彼らは、仁が新しい会社に入社する前に、広い部屋に引っ越した。そこでカケルとセツナのパーソナルスペースを守りながら、共同生活を送っている。


「あっ! アカリさん、来たんですね!」

「あれ? ヒカル、髪黒く染めたの?」

「そうなんです。こっちも似合いますかね?」

「うん、よく似合うよ」


 ヒカルは本当の想いをまだ桃音には打ち明けていない。まだ時期尚早だというのが彼女の判断だった。それでも、パートナーとして、着実に仲は深まりつつあった。


「いらっしゃいませ、アカリさん。今夜はまず、どうしましょう?」


 脩斗が聞いた。


「達己に作らせて」

「かしこまりました。達己、ご指名ですよ」

「はーい」


 達己はアカリのために「特別な一杯」を作った。血はいつもより多めだ。


「それでは、全員揃いましたね?」


 脩斗が店内を見回した。全員、ワイングラスを持っていた。


「吸血鬼の皆さま、Rainingレイニング六周年記念にお越しいただき、ありがとうございます。とりあえず、乾杯!」


 皆が次々とワイングラスを打ち鳴らした。


「達己」


 アカリが呼びかけた。二人が会うのは、達己が想いを打ち明けて以来だった。


「今日の特別な一杯も、とても美味しいよ」

「ありがとう、アカリちゃん」

「これからもよろしくね?」

「うん」


 いつも通りの彼らのやり取りに、脩斗は安堵した。


「それでは、今後とも、うちの店をよろしくお願いします」


 脩斗は皆に呼びかけた。騒がしい時間が流れ始めた。きっと、この夜は長く続くだろう。

 ここは、吸血鬼の集うショットバー、Rainingレイニング。これからも、人間や吸血鬼たちがグラスを交わし、夜が更けていく。


【第一部完・あとがきへ】

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