処刑

 次の日、学校に行くと、異変があった。

 僕の席がずっと後ろの奥に追いやられていたのだ。


 席を元に戻そうとすると、「変態」と近くにいた男子に蹴られる。


 彩香さんの方を見ると、敵意をむき出しに僕を睨んでいた。

 原因は、彼女だろう。


「聞いたぞ。彩香の写真、部屋に貼ってあったらしいじゃん」

「貼ってないよ」


 話が盛られている。

 でも、イジメられている僕の意見が通るわけがない。


「嘘吐けや!」


 机を踏まれ、体がよろめく。

 倒れた机は大きな音を立てて、床を滑った。


「謝れよ」

「何を?」

「ストーカーして、すいませんでしたって」


 胸倉を掴まれ、彩香さんの前に連れて行かれる。

 彼女は当然と言わんばかりに、腕を組んでいた。


「何考えてんの? 太一、死んだばっかなんだよ?」

「マジでキメーな」

「死ぬの、お前の方が良かったんじゃね?」


 頭を叩かれ、背中を踏まれ、何度も足蹴りを食らった。

 謝るまで続くんだろうし、僕は言われるがまま正座をする。


「すいませんでした」


 謝罪の意味なんてない。

 気分を晴らすだけの謝罪は、無意味である。

 なぜなら、「誠意が足りねえんだよ!」と、つけ上がるからだ。


 クラスメイトの皆が気分良くなるまで、口先で反省を促す行為が続くのだろう。


「謝れ」

「土下座しろよ!」

「産まれてきたことも謝ってもらおうぜ」


 土下座をして、頭を床に擦り付ける。

 すると、後頭部に重い物が乗ってきた。


「本当に悪いと思ってんならさ」


 彩香さんが憎悪を含ませて、足の裏を擦り付ける。


「窓から飛び降りなよ」


 周りにいた皆は、クスクスと笑っていた。


「過激~」


 なんて、茶化す声が聞こえる。


「僕さ」

「あぁ?」

「ていうか、僕らってさ」

「なんだよ!」


 彩香さんに腹を蹴られ、息が止まる。

 それでも、僕は続けた。


「……生きてる価値、あるのかな」


 大人は、大人のくせに絶対に分かってない。

 僕らはこんなに残酷で、無知で、バカのまま、大人の仲間入りをする。


 そんな未来、ろくでもないだろう。


 今より、もっと世界は酷くなる。

 こんなの予言者じゃなくても分かる。


 だって、どこにがあるんだよ。


 太一くんが死んだって、ノリで泣くだけで終わるじゃないか。


「全員、死んだ方がいいんじゃない?」


 舌打ちが聞こえた。

 僕の言葉なんて届かない。


 次の瞬間、髪を引っ張られ、後ろに倒された。


 その後は、ちょっと前の僕と同じだ。

 頭を踏まれ、腹を踏まれ、背中を蹴られ、暴行三昧。


 まるで、この日本そのものだった。


 力がなくて、立てない。

 言葉は常に届かない。

 酷いものだった。


 丸まって、ひたすら怒鳴り声と暴力に耐え、僕はなおも続ける。


「僕らは、全員死んだ方がいいよ。生きてる価値なんてない」

「だったら、お前だけ死ねや!」

「君たちだけが残っても意味ないよ! どんどん壊れてく。皆、……皆、死んでくれないか? 一人も生き残ってほしくない」


 これは、弱い僕の感情だ。


 それから、しばらくの間は怒号が止まなかった。

 チャイムの音がしたって、誰も蹴るのを止めない。


 チャイムが鳴ってから、少しして、扉が開いた。


「またやってんのか? おい。ホームルームだぞ! 席につけ。おい!」


 先生が何度か呼びかけると、「気分悪いわ」などと、皆が口々に言いながら席に戻っていく。


「古川! 席につけ! バカヤロウが」


 痛む腕を押さえ、首の付け根を擦り、僕は倒れた机を起こす。

 元の位置まで、机を戻し、椅子に座った。


 先生の掛け声が教室に響く。


「起立!」


 僕だけが、遅れて立ち上がる。

 また、鬱屈な日々が始まるんだろうか。


 そんな事を考えていた。


「っ……ぐっ……ぁ……」


 皆がふざけ始めたのだ。


 全身を痙攣させ、直立のまま跳ね始めた。

 たぶん、さっき僕が蹴られていた時の真似だろう。

 悶絶していた時を真似て、バカにして、楽しんでいるのだ。


 毎度見てきた光景で、「もういいよ」と僕は呆れていた。


 先生まで、白目を剥いて、前後に体を揺さぶっている。


 いつ終わるんだろう、と見守ること、数分が経過した。


「スン……。なに、この臭い……」


 焦げ臭かった。

 臭いの元を辿ると、前からもするし、左右からもする。


 席から離れて、よく周りを見渡す。


 いつまで経っても、皆はふざけるのを止めなかった。


「……みんな?」


 何かおかしい。

 段々と教室中が、焦げ臭いにおいで充満していく。


 前の席の人を見ると、何やら首元でバチバチと火花が散っていた。

 火花は小さくて、よく見ていないと見逃してしまう。

 今度は近づいて、首を伸ばしながら、首を覗き込む。


「んぐっ、んぐっ、ぐぅ!」


 気持ち悪い声を上げ、痙攣する男子。

 首にはめたリングは黒く変色し、内側の皮膚は赤くなっていた。


 それを見た途端、僕はすぐに気づいた。


「もう、いいよ。ふざけるのは……」


 すると、全員が直立の体勢から崩れ出した。

 首からは煙が上がり、思わず鼻を手で隠した。


 視線は、好きだった彩香さんの方に向ける。


 彼女は、一番酷かった。


 リングの内側だけでなく、首から顎にかけて、赤い筋が伸びていた。

 赤い筋に混じり、白く変色している箇所もある。


「あぁ、……そっか」


 モリコが、全員を殺したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る