モリコは初めから嘘を吐いていた

 彩香さんが泣きながら出て行って、数時間が経過。

 あの後、彩香さんがどうなったのか、僕には分からない。


『嫌いになった?』


 画面の向こうでは、膝を抱えるモリコがいた。

 どうやら、感情的になった事を反省しているようだった。


「なってないよ」

『……出しゃばって、ごめん』


 間を空けて、僕は言う。


「落ち込まないでよ。いつも、助けられてるし」


 他から見れば、僕は異常者だろう。

 こうやって、ずっと画面の向こうにいる彼女を見て、目が離せなくなっている。


『最近、感情をコントロールしにくくなってて』


 口を尖らせ、人差し指と人差し指を擦り合わせていた。


『カッとなっちゃうんだよね』

「そっか」

『嫌いになったら、……データ消していいよ』


 彼女は人間のように病んでいた。

 その姿を見て、僕はずっと考えていた、ある結論を口にする。


「モリコってさ」

『むぅ?』

「……AIじゃないだろ」


 目が上を向き、首を傾げている。


『いきなり、なによぉ』

「正確には、AIと同等の機能があるんだよね。いや、それ以上かな」


 モリコは黙って話を聞いていた。


「人工頭脳でもあり、人工知能でもあり」


 『人工頭脳』は、コンピューターのことだ。

 つまり、計算機。


 『人工知能』は、知的な情報処理を実現するためのもの。

 つまり、コンピューターを使って、絵を描いたり、物を認識して分けたり、あとはデータを元に予測したり、だ。

 これが、皆の言う、『AI』である。


 何かおかしいと思わないだろうか。


 ハッキングをすることが目的なら、のだ。

 むしろ、開発に余計な手間が掛かると言っていい。


 なのに、どうして感情を持ち、僕を愛してくれているのか。


「兄さんは、……最後まで、僕のことを考えてたんだろ?」


 兄さんを思えば、涙が出そうになる。

 こんなものを作れば、殺されるに決まってる。


 だって、世界で一番早く、『』を完成させたのだから。


 『ヒューマノイド』っていうのは、要するに機械生命体だ。

 人間そっくりの、である。


「モリコの事知りたくて、ずっと調べてたよ。情勢だけじゃなくて、色々なこと。調べてくうちに、違和感があったんだ。ずっと」


 過去に発したモリコの言動なども照らし合わせて、僕は考えていた。


「海外では、形から作ったんだよな。それで、脳みそを作って、弄っては調整して」


 モリコは首を傾け、画面越しに僕を見つめてくる。


「兄さんは、先にんだ。手間は掛かっても、現物を作るよりコストは掛からない。だって、データだもん」


 こう言えば、分かるだろうか。

 のだ。


 海外は外側から入り、日本にいさん手を付けた。


 この脳みそがデータ上で完成すると、モリコのように好きな外見を設定して、仮想世界にて体を作ることができる。


 育った脳みそはそのまま。

 意識は持っているし、感情や思考まで、そのまま。


 後は何が必要か?


 体である。


 極端な話、モリコが入る事ができる体は、例えポンコツでもいいのだ。

 体さえあれば、好きに意識を移して、動き回れる。


 要は、だ。


「どうして、兄さんはモリコを作ったの?」


 考えれば答えは出るだろうけど、モリコの口から聞きたかった。


『絶対に長生きできないから。面倒を見る人が必要だって』

「そっか」


 手を組み、モリコに尋ねる。


「兄さん。……死んだの?」

『うん』

「ご、拷問とか、されたの?」

『相手が調べる前に、……私が殺した』

「兄さんの命令で?」

『……うん』


 何やってんだよ。バカ兄貴。


 そりゃ、僕はバカだったよ。

 思考停止のどうしようもない奴だったよ。


 でも、少しくらい、相談してくれたっていいじゃんか。

 愚痴くらい溢してくれてもいいじゃんかよ。


『相手が運転する車ごと、私が壊した。一人も逃がしてない』


 何度か頷いて、ようやく声を搾り出す。


「……そっか」


 モリコだけじゃない。

 兄さんも。

 はじめから、嘘を吐いていたのだ。

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