対面

 部屋から出ると、さすがにギョッとした。

 彩香さんが鬼の形相で階段を上がってくるではないか。


「ちょ、困るよ!」

「どけ!」


 僕を突き飛ばし、勝手に部屋へ入ってくる彩香さん。

 まさか、後を追ってきたのだろうか。

 だとしたら、凄まじい行動力である。


 扉を開けて、部屋に入った彩香さんは、さっそく物色を始めた。


「分かってるから。どうせ、儀式めいた事でもやってんでしょ!」

「やってないよ! どうして、そう思うんだよ!」

、視線感じるんだよ!」


 どう見たって、今の彩香さんは普通じゃない。

 さんざん、気持ち悪がっていた男の部屋に入ってくる、なんて心情はいつもの彩香さんからすれば、絶対にありえない事だ。


 クローゼットを開けたり、ベッドの下を探したり、机の引き出しを乱暴に引いたり、と強盗みたいな真似をしている。


「ねえ。やめてよ!」

「うるさい!」


 腕を掴むと、怒った彩香さんは僕の脛を蹴り、目を剥いて怒鳴った。


 もう、気が済むまでやらせておくしかないのか。


 彩香さんから一歩離れた場所で、ため息を吐く。

 半ば諦めていた頃だった。


 彩香さんが上体を起こし、息を切らせていると、ある物に注目した。


 パソコンである。


「……ちょっと」


 彩香さんは頬を引きつらせていた。

 画面には、彩香さんと同じ顔が映っている。

 その表情は酷く冷めきっていて、感情を露わにしていた。


「なんで、私の写真持ってんの?」

「いや、これ……」

「気持ち悪……」


 嫌悪感を隠そうとせず、彩香さんは吐き捨てた。

 気持ち悪いのは、否定しない。

 だって、彩香さんの写真を使ったのは、間違いないから。


「警察に、言うから」

「待ってくれよ」

「近寄んじゃねえよ!」


 彩香さんが腕のリングを操作し、数秒経ったか。

 違和感に気づき、何度もボタンを押しては、タップを繰り返す。


「反応しない」


 と、彩香さんが首を傾げる。


『ねえ』

「……うっ、びっくり、した」


 いきなり、モリコに話しかけられ、彩香さんが強張る。

 自分と同じ顔が、自分とは別の意思で話しかけてくる様は、とても奇妙だったろう。


『いい加減にしたら?』

「なにこれ? 喋ってんだけど」

『君さ。家庭の鬱憤うっぷんで、翔太くんに当たるのよしなよ』


 引き攣った笑いが消えて、真顔に変わっていく。

 彩香さんしか知り得ない情報なのだろう。


 何も言えずに、その場で固まっていた。


『虐待で通報を受けて、お父さんが逮捕されて。お母さんがおかしくなって、家に居場所がないんでしょ?』

「……なに、お前? 誰よ!」

『高校生はね。の。考える頭持ってるでしょ』

「うるさい!」


 自分の身を抱きしめるようにして腕を組み、後ずさっていく。

 僕は、初めて知る彩香さんの境遇に、言葉を失っていた。


『そんなに死にたいの? 私、これでもんだけど』

「助けてなんて頼んでないでしょ!」

『だったら、他とまとめて殺してあげよっか? 似たような子ばかりだもんね』


 息は荒くなっていき、彩香さんの怒りが含んだ目つきは、見る見るうちに涙で濡れていく。


「キモい」

「あ、彩香さん」


 息を大きく吸い込み、彩香さんは声を荒げた。


「気持ち悪いんだよ! お前も! そこに映ってるのも! みんな、消えちまえ!」

「彩香さん!」


 彩香さんは腕で目元を拭い、階段を駆け下りていく。

 途中で、踏み外し、尻を打ってはいたけど、痛みなどお構いなしに急いで僕の家から出て行く。


『大人に囚われすぎだよ』


 飽くまで、モリコは冷たく言い放った。

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