初めての怒り

 病院に入ると、まず行うのは『お見舞い』か『受診』の二つから選択を行うこと。


 この選択をするための機械は、入り口に備え付けられており、お見舞いを選択すると、『病室』の確認が行われる。


 僕は病室までは知らなかったが、モリコが『505号室』と教えてくれて、タッチパネルに入力をしていく。


 すると、風除室ふうじょしつの奥にある自動ドアが、駅の改札みたいに開くのだ。


 そして、目的地の505号室の前まで来た僕は、中へバカ正直に入る事が出来ず、少しだけ顔を出して、中を覗く。


 部屋は個室のようで、中からは言い争う声がする。


「やってないっつうの」

「嘘吐けよ」

「いつ、私がカラオケに誘ったのよ」

「俺がだよ。通話記録だって残ってるぞ。待ってろ」


 んー、何の話をしてるのか分からない。

 太一くんが轢かれる前に、何かがあったみたいだけど。


「ムラムラしちゃって、カラオケでハメようって。……あれ? どこだっけ?」

「はぁ……。んな気色悪い誘い方しないでしょ。普通」


 ちょっとだけ中に入り、入り口の辺りで耳を澄ませる。

 中ではカーテンが半分引かれている状態だったので、その死角に隠れる感じで、僕はジッとした。


 冷静に考えたら、僕は僕で、相当気持ち悪い真似をしてるけど。


 見舞いにきて、何て声を掛けたらいいのか、分からないのだ。


「とりあえずさ。私、アンタと別れるから」

「待てって!」


 や、っべ。


 急いで、部屋を出るも、隠れる場所なんかない。


「つか、無理やりヤッちゃうバカといると、こっちまで気まずいし。警察が来るの時間の問題でしょ」

「いやいや、あれは森本が誘って……」

「知るか」


 そして、病室から出てきた彩香さんと鉢合わせしたのだ。


「……ども」


 彩香さんが目を丸くする。

 開いた口が塞がらないって感じだ。


「なんで、いるの?」

「まあ、……はは」


 言い訳の言葉が塞がらない。


「なに? 誰かいんの?」


 僕は会釈をして、その場を立ち去ろうとした。

 やっぱり、来るんじゃなかった。


 気になって、軽い気持ちできた自分を心から呪ってしまう。


 彩香さんに腕を掴まれ、部屋の奥に連れて行かれる。


「は? お前、何しにきたの?」

「み、見舞い、かなぁ」


 太一くんまで、目を丸くしている。


「へえ。お前に病院教えてないんだけど。どうやって、知ったの?」


 追及されると、弱い。

 モリコが行ったのは、ハッキング。

 でも、僕にはハッキングのやり方が、未だに分からないので、説明のしようがない。


「こいつ、怪しいんだよね」


 彩香さんに顔を覗かれる。


「な~んか、最近変な事ばかり起きるっていうか」

「変な事ってなによ? 俺、学校行ってねえから知らねえわ」

「夜中に学校の電気おかしくなったとか。私とか、他の子にも変なメッセ送られてきてんだよね。お風呂入ってれば、見られてる感じがするし」


 それは僕じゃないんだけど。

 初耳の情報まで多くて、逆に混乱してしまう。


「アンタ、何したの?」


 彩香さんは疑っている。


「僕は何も、してないんだけど」

「嘘吐きなよ。私らが困って得すんの、古川でしょ」


 彩香さんは腕を組んで、僕を睨みつけた。


「警察が学校にきたら、……古川の事が怪しい、って言うから」


 今までの僕だったら、たぶん言われ放題だったろう。

 なのに、イラっときてしまったのは、モリコのおかげで多少なりとも知識がついているからだ。


 具体的な事を一つも上げず、僕が怪しいと決めつけてくる。


 だから、僕は言ってしまった。


「じゃあ、僕が何をしたんです?」

「さあ。警察が調べるでしょ」

「何を?」


 いつになく反抗的な奴隷の態度に、彩香さんは明らかにイライラしていた。


 いつもイジメてくる太一くんは、何が面白いのか、ニヤついている。


「一応、クラスメイトとして、見舞いにきただけなので。じゃあ」


 何だろう。

 後から仕返しされると面倒なのに。

 どうして、こんな強気に出てしまったのか。


「待ちなよ」


 彩香さんが追いかけてきた。

 さしずめ、犯人を追い詰めてるって感覚なんだろう。


「待ってよ」


 彩香さんが僕の腕を掴んだのは、エレベーター前だった。


「アンタ、逃げられると思ってんの?」

「逃げてないよ」

「嘘」

「あのさ」


 いい加減、イライラが限界にきて、彩香さんの腕を振りほどく。


「僕が、太一くんにいつもイジメられてるから、僕の報復だと思ってんでしょ」


 モリコと同じ顔が、不快感に歪んでいた。


「知らないっつうの」


 エレベーターが昇ってきて、中に乗る。

 すぐに扉を閉めようとしたが、開閉口に足を差し込まれ、行く手を阻まれる。


 しばらく、睨み合いが続いたが、遅れて車椅子に乗った太一くんが彩香さんの後ろにやってきた。


 どういうわけか、二人がエレベーターに乗ってくる。

 今まで味わった恐怖心が全くないといえば、嘘になる。


 だが、今の僕には嫌悪感と怒りの方が湧いていた。

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