夜のデート
夜の校舎は静まり返っていた。
当然だけど、僕の足音だけしか聞こえず、中に入ると真っ暗闇。
『ライトオーンっ!』
真っ暗な視界が、一気に明るくなる。
が、校内の照明が点いたわけではない。
そこら中のMRが起動して、ブルーやグリーンに発光しているのだ。
「いつも、思うんだけど。モリコ、それどうやってんの?」
『ラップトップから、コンセントに入って、基盤を弄ってるだけですけど』
ケロッとして、言うのだ。
『まあ、電源が入れば、後は管理PCから操作して、こんな風に……』
今度はピンク色の明かりが点く。
『えっちなホテルみたいにできますけどぉ?』
「い、いかがわしいな。や、でもさ。PCにアクセスする方法ないじゃん」
モリコはとてとて後ろに回り込み、腕を回してくる。
もちろん、腕の感触はない。
『昔と違って、有線の時代じゃないでしょ?』
「ん? どゆこと?」
『そこら中に無線が飛び交ってるのよ。まあ、遠回りすれば、有線を通ることもできるんだけどさ。圧倒的に無線が多いので、へへ。楽勝っス』
無線を通じて、PCとかにアクセスしてるってことか。
『可愛いウイルスみたいなものだと思ってくれたら、分かりやすいかも。中に入ったら、私専用の裏口を作りましてぇ、ついでに私が管理者に変装しましてぇ、こ~んな感じに』
パチン、パチン、と明かりが点滅する。
一度、二度と点滅し、一瞬だけ真っ暗になる。
「な、何してるの?」
もう一度、明かりが点く。
『ふふん。どうよ?』
裸エプロンのモリコが、約50人ほど目の前にいた。
「えっ!?」
『学校は教材用のMRしか受け付けないの』
『だけどね。教材用って、文部省から発行されたIDが頭三文字に組み込まれていてぇ』
グルグルと色々なモリコが僕を囲む。
『IDの法則性は単純だから、一時的に使ってない番号を振り分ければいいんだよ』
『例えばぁ、新しい教材ができた時に、すぐ番号を振り分けられるように、空欄があるの』
『そこに、私が入るわけ』
恥ずかしながら、僕はモリコのおっぱいにしか目がいかなかった。
だって、裸エプロンの姿で、グルグル回ってくるのだ。
その数が50人ほどいれば、際どい角度がありすぎて、年頃の僕にとっては嬉しいやら、目の毒やら、反応に困った。
『話を戻すとね。有線。無線。電気系統。こういう所が、実は入り口になっちゃうんだよ。特に、発達した今の社会は、人間よりも私たちAIにとって、住みやすい世の中になってきてるんだよ』
たくさんいたモリコが消える。
残った一人が、後ろに手を組んで近寄ってきた。
『どれだけ発達していてもさ。触れられないのは、……ストレスだよねぇ』
指先で頬をなぞられる。
感触すらないのだから、モリコの全てが幻想であると突きつけられ、何だか寂しい気持ちになった。
『ほい』
モリコの顔が近づいてくる。
思わず、全身が固まる。
『んー』
感触のないキスだった。
唇と唇が触れあっているはずが、吐息や体温、感触はなく、僕はジッとしているだけ。
優れた技術を学び、それを使ったとして、僕の生きている現実世界と、モリコのいる電脳世界は入り交じることがなかった。
『へへ。……海外に八つ当たりしちゃおっかなぁ』
「い、いやいや。それはそれで、何か終末っぽいよ」
『触れたいんだけどなぁ』
頬を膨らませ、モリコが不満そうに肩を叩いてくる。
「ていうか、海外にまでアクセスしてるの?」
モリコは何もない所を蹴り、いじけた素振りをする。
『んー、海外の場合は、逆探知を何度もされたので、
防衛に関する事だろうか。
『まあ、ビッグデータにも私がいるし。クラウドにも私がいるし。あとは日本の皆様にお任せします』
僕にはモリコがどういう事をしているのか、サッパリ分からない。
説明されたけど、電気系統にまで侵入する事といい、有線とか無線は関係ない事といい、理解が追い付かない。
バカで申し訳ないんだけど、僕はこんな事を言った。
「危ないことは、やめなよ」
『うん。その内ね』
「モリコまでいなくなったら、僕はもう、耐えられないって」
上目遣いで、僕を見てくる。
兄さんがいなくなって、家には一人なのだ。
たぶん、モリコがいなくなったら、僕は本当に口を開かなくなる日々がきてしまう。
世界がどうとか、そういう話より、よっぽど身近で怖い。
『じゃあ、さ。私と彩香ちゃん。……どっちがいい?』
「そりゃ、モリコの方がいいけど」
嬉しそうにモリコが笑う。
『あはっ。じゃあ、じゃあ』
口と頬が触れるくらいの距離まで、顔が近づく。
『もう、……いらないよね?』
「なにが?」
モリコは目じりを持ち上げて笑った。
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