普通じゃない

「なんか、変だよな」


 僕は鈍い。

 周りも、僕と同じだ。


 でも、僕は鈍い集団の中で、違和感に気づいてきた。


『どしたの?』


 昼休み、屋上でご飯を食べていた。

 いつもはロックがちゃんと掛かっている屋上の扉。

 今日は、なぜか開いていたので、そのまま入って、扉の横で弁当を広げている。


 腕のリングからモリコが膝を抱えて現れたので、僕は思った事をそのまま聞いてみた。


「モリコってさ。……AIなの?」


 僕はモリコが大好きだ。

 彼女を知るために、前は興味なかったニュースやAIに関して、調べるようになっていた。


『急にどした?』

「放送室、誰もいなかったらしいじゃん」

『言ってたねぇ』

「機械の故障だって」

『ねえ』

「……え、おかしくない?」


 夢から覚めた気分だった。

 生憎、僕の知識量や理解力では、どう言葉に言い表せばいいのか。

 適切な言葉が出てこない。


 でも、までいるのだ。


 太一くんを知らない生徒は、誰かのイタズラとか、幽霊とか、そういった類の誤解で、納得するだろう。


 ただ、教室にいた生徒まで、納得する人が出てくるのは、おかしかった。


 明らかに森本さんの声で、太一くんが犯行に及ぶ音声。

 僕がおかしい、って言ってるのは、何で異常な事が起きてるのに、簡単に納得できるんだろう、ということ。


『翔太くんは、何が言いたいの?』

「う、上手くは言えないけど。放送室って、たぶんネットに繋がってると思う」

『ほうほう。繋がってる所もあるけど、この学校は繋がっていないよ』

「……じゃあ、えっと」

『ねえ。翔太くん。はっきり言えばいいじゃん。別に怒らないからさ』


 モリコの声が、首のリングから聞こえてくる。


『ハッキングしたの? ……って』


 恥ずかしいけど、僕の頭には、そこまで具体的な言葉は浮かんでいなかった。


 誰かが音声データの入った、外付けのチップを差し込んで退散したか。

 もしくは、ネットに繋がってるなら、SNSの乗っ取りみたいな事ができるのかな、って考えただけだ。


「ネットに、繋がってないんでしょ? じゃあ、ハッキングなんて無理じゃないか」


 すると、モリコはにこっと笑った。


『もっとお勉強しないとね』

「……馬鹿にするの、やめてよ」

『どうして、そう思うのかな?』


 小首を傾げ、真っ直ぐにこっちを見つめてくる。


『あのね。勉強しなかったら、知らない事がたくさんあるのって、当たり前の事じゃない? なのに、どうして私が翔太くんを馬鹿にしてると思ったの? 言葉遣い? 態度?』


 先生に怒られてる気分だった。


『もし、仮にね。私がハッキングをして、あの音声をばら撒いたとして、その方法はどうやったと思う?』

「……分からないよ」

『これはんだけどさ。分からない事があったら、調みればいいんじゃない? みればいいんじゃない? でも、でしょ?』


 小さいモリコが目の前に歩いてくる。


『だったら、分からないのは、当たり前でしょ』


 怒られているような、悲しまれているような、変な感情をモリコは持っていた。


『今は、たまたま翔太くんが、違和感に気づいて口に出したから答えてあげているけど。もし、私が嘘を吐いてたら、……どうする?』


 ピンと糸が張ったような緊迫感があった。

 だけど、緊張の糸を解いてくれたのは、モリコの方だ。


 クスリ、と笑って、彼女は言った。


『私が何のAI、か。う~ん。……蓮司さんは、、って言ってたかなぁ』

「自律? 防衛?」

『それくらいは調べてよ。あ、でもでも、私ね。自分の存在について考えたけど。翔太くんが好きだから、翔太くんのために、生きてみようかな、って考えてる』


 後ろで手を組んで、頬が赤く染まっていく。


『この気持ちさえプログラムの一環いっかんなら、私は受け入れるかな。全然嫌じゃないし』


 イタズラっ子みたいに、舌を出してモリコは笑った。

 一方で、僕の頭はオーバーフローを起こしていて、もうパンク寸前だった。

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