地獄

 朝っぱら、家の前では消防車と救急車、警察が駆けつける騒ぎとなった。


 普段は家から出てこない人達まで、外に出て後藤さん宅を見ては、ひそひそと噂話をしていた。


 僕は学校があるので、ご飯を食べたら登校。

 教室は太一くんがいないため、とても平和だった。が、異変はあった。


 クラスの女子一人を囲んで、何やら皆が「大丈夫か?」と声を掛けている。


「太一の野郎、ヤバいよな」

「森本、脅されてたんかよ」


 相変わらず、何が起こってるのか分からない僕。

 話しかけられる友人がいないため、聞き耳しか立てられない。


「オレ、動画消したから」

「私も。あんなの、やった奴も悪いし。広めた奴も許せないよ」


 太一くんに関連したことが起きたようだ。

 彩香さんの方を見ると、そっちはそっちで友達と話していて、苦い顔をしている。


「さすがにレイプはヤバいでしょ」


 友達がそんな事を話しているのだ。

 物騒な単語が出てきて、さすがに驚いてしまう。


「別れるわ。マジ、無理」

「その方がいいよ。つか、誰が広めたんだろ」

「んー……」

「広めて喜ぶやつってさぁ」


 一斉に僕の方へ視線が注がれる。

 彩香さんは席を立ち、友達と一緒にこっちへきた。


 普段の扱いから考えれば、証拠がなくても疑われるのだろう。

 短絡的なところは、まさに未成熟である。

 そんな事を俯瞰ふかんしながら考えつつ、机の隣に立つ彩香さんと目が合う。


「古川さぁ。何か知らない?」

「え?」


 腕を組んで、じっと見下ろしてくるのだ。


「お前いつもイジられてんじゃん」

「そー、そー」


 なんてことを友達の方々は、おっしゃる。


「知らない、かなぁ」

「ふ~ん」


 ていうか、動画の存在だって今初めて気づいたよ。

 しかも、それを本人が気づかずに、抜き取るなんて芸当は、僕なんかには無理だ。


「あ、そ」


 と、彩香さんは自分の席に戻っていく。

 安堵の息を吐いて、タブレットを出す。

 準備を済ませて、適当に動画でも見ようか、シャッカルを起動する。


 その時だった。


『ケツ上げろや!』


 教室にいた全員が顔を上げた。

 太一くんの声が聞こえたのだ。


 どこから?


 声のする方を向く。

 僕だけでなく、皆の視線も一カ所に注がれた。


『や、だ』

『いいのかよ。逆らって。奴隷が逆らっちゃったら、バツ与えるしかなくね?』


 ぐずぐずと泣いている女の子の声。

 それを嗤い、荒い息遣いをした太一くんの声。

 肌を打つ音と共に『うぅ、うぐっ』と、苦しげな声が教室に響く。


 当たり前だ。


 声が聞こえているのは、スピーカー。


「いやぁ!」


 森本さんが頭を抱えて、その場に蹲った。


「誰だよ!」

「放送室だ。行くぞ!」


 男子数人が急いだ様子で教室を出て行く。

 その間、ずっと森本さんのうめき声と、太一くんのヘラヘラ笑う声が響いた。


 まさか、と思いつつ、僕は席を立つ。


 廊下に出ると、その声は突き当りにまで反響していた。


「校内放送……」


 つまり、レイプ時の音声が学校中に響いている状態。

 想像以上に下劣で酷い行いは、一瞬にして学校にいる全生徒、全職員が知ることになった。

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