新しい朝

 本当は学校に行きたくはなかったけど、行かないと兄さんが帰ってきた時に、心配するだろう。


 モリコのおかげで、兄さんの知らない一面を知ることができた。

 僕には、何を話していたのか全く理解できなかった。

 でも、人のために何かをしようって感じで、必死だったんだと思う。


 だから、兄さんを安心させるために勉強して、せめて大学は出たい。


 前向きな気持ちになれたからこそ、僕は来たくない学校にこうして足を運んだのだ。


「……ん? なんだろ」


 教室の前まできて、足が止まる。

 中は騒がしかった。


 言葉にするのは難しいが、賑やかな様子はいつもと変わらない。

 ただ、「ヤバいよなぁ」とか、「大丈夫だからね」とか、穏やかじゃない空気がどことなく漂っていた。


 扉を開ける。


 皆は一瞬こっちを見たけど、すぐに元の位置に目線を戻し、苦い顔で何かを話していた。


 友達のいない僕は自分の席に行って、聞き耳を立てることしかできない。


「全治二か月?」

「や、そこまでじゃないっしょ。車椅子で移動できるって、メッセきてたし。足の片方にぶつかったんじゃね?」

「事故とか、マジであり得ないでしょ。ぜってぇ、メンテサボってるよなぁ」


 事故?


 そう聞いて、僕も違和感があった。


 たぶん、車だろう。

 はっきり言うが、


 対人センサーのおかげで、マニュアルモードで人が運転しようが、自動運転になろうが、ぶつからない造りになっている。

 それは100キロ出そうが、50キロ出そうが変わらない。


 衛星とも繋がってるから、相手の位置を把握して、強制的に低速する仕組みになってる、とテレビでは説明していた。


 さらに、車の前後左右に搭載された『高機能カメラ』や『対人センサー』などで、事故は0に近い数値となっている。


 よっぽど、不具合が起きてない限りは、事故なんて起こらない。


 なので、車による事故は、相当珍しい。


「あとで太一の見舞い行ってやろうぜ」

「だな」


 彩香さんが気になり、そっちの方に目をやる。

 泣いてはいないけど、暗い表情で友達と話していた。


 ふと、彩香さんがこっちを向く。


 見るな。と、言いたげに、眉間へ皺を寄せて、僕を睨んできた。

 他の女子も同様に険悪な雰囲気で、僕を睨んでくる。


 別に、何もしないのに。


 *


 その日の学校は、経験したことがないほど穏やかだった。

 こんな事を言ったら、きっと怒られるけど、人が一人消えるだけで、こんなに世界って平和になるんだな、って実感してしまった。


 一緒になって僕をイジメていた人たちは、扇動せんどうする人がいなくなれば、友達同士で話をしたり、遊んだりする事以外に興味がない。


 普通の学校生活を送り、何事もなく家路につく。


 僕は自分の家の前で立ち止まり、隣の家を見る。


「しつこいわね! 私は! 運転なんかしてないの!」

「んー、でも、マニュアルモードに切り替わってたんですよねぇ。いや、どのみち、衝突自体がありえないから、こうして話を伺ってるんですがね」


 珍しいことに、人間の警官二人が後藤さん宅にいた。

 後ろにはロボット犬がいて、座って待機している。


「何度も、何度も同じ話ばかりして! 録音したのがあるでしょ! 古臭いのよ! やり方が!」

「そう言われましてもねぇ」

「どうして、私がわざと人を轢いたって疑われるの!? おかしいでしょ!?」


 立ち聞きをした僕は、話を聞き流し、家の中に入る。

 今日は、泥棒に入った形跡はなかった。


 扉を閉じるが、後藤さんのヒステリックな金切り声が、壁や扉越しに響いてくる。


「あの人、……人轢いたのか」


 轢かれた太一くん。

 轢いた後藤さん。


 僕は玄関先に座り込み、シャッカルを起動する。


 地元のニュースサイトなら、たぶんヒットするはず。

 今日のニュース項目を開き、半透明なブラウザを指し、右端を下へスクロールする。


 まさか、とは思った。が、すぐにお目当ての記事はヒットした。


【赤信号で、なぜ突っ込んだ】


 こんな見出しだった。

 生地の内容は、後藤さんが僕の通う学校の男子生徒に怪我を負わせたとして、県警が事故、または事件の線で捜査を進めているとのこと。


 一昔前では、大げさだと笑われるだろう。


 車の事故が一件起きただけで、この騒ぎようなのだ。


『翔太くん』

「なに?」

『学校、楽しかった?』


 腕のリングから出力された、フィギュアサイズのモリコは、僕に寄りかかるようにして質問してくる。


「うん。今日は、落ち着いた日だったよ」

『ずっと、こんな日が続けばいいと思う?』

「そりゃあね。平和が一番だもん」

『りょ~かいっ。ところでさ、私って尽くすタイプだと思わない?』

「いきなりだね」


 機嫌の良かった僕は、ブラウザを消して答える。


「良い奥さんになれるんじゃないかな」

『へへ』


 にっと笑い、モリコはガッツポーズを取った。

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