未知とはロマン

 今日。イギリスのイングランド銀行で停電が起こりました。

 原因は不明との事で、復旧の目処は立っておりません。


 北朝鮮の弾道ミサイルが、爆発をしたとして、多くの死人が出ました。


 カナダでは、突然通りを歩く人々が倒れたとのことで、駆けつけた救急隊員らは、何度も現場を往復することになり、地域の住民も協力する形で病院に運んでいるとのことです。

 また、現場からは『焦げ臭いにおい』がしたと聞いて、急いで原因の調査を行っております。


 ロシアのモスコーフスキー駅では、地下鉄が脱線したとして多くの負傷者が出た模様です。

 また、同時刻に周辺の建物では火災が発生し、原因はとみて、引き続き消火活動が続けられている模様です。


 *


 テレビ画面を眺めながら、僕はため息を吐く。

 シャッカルを起動し、メッセージ欄を開くが、兄さんからの返信はない。


 こんなどうでもいいニュースより、今は兄さんの顔が見たかった。


 もう一度ため息を吐くと、今度はシャッカルが勝手に起動し、モリコが浮かび上がる。


『うぃ。どしたぁ?』

「今まで何してたんだよぉ」


 モリコの顔を見て、不覚にも少し癒されてしまう。


『実験』

「はぁ。……何でもいいからさ。兄さんが早く帰ってこないか。そっちの方が心配だよ」

『もう、……来ないんじゃないかな』

「縁起でもないこと言わないでくれよ!」


 つい、怒鳴ってしまう。

 今の僕は、モリコに見放されたら、それこそ一人だ。

 冷静になると、「ごめん」と謝る。


「でも、帰ってこないとか、言わないでくれよ。不安になる」

『翔太くんは私が守ってあげるよ』

「ありがと」


 適当な返事を返して、ソファで横になる。


『ていうかさぁ。もっと私の事を頼ればいいじゃん』

「んー、頼るって言っても……」


 モリコはAIだ。

 そんな彼女には、愚痴を聞いてもらう事以外にやってもらう事が浮かばない。


『なによぉ』

「だって、モリコってAIじゃん」

『そうよ』

「難しいことは分かんないけどさ。AIって、感情持ってないでしょ」


 ネットの番組で、専門的な講義を行っている教授が言っていた。

 何でも、研究者たちは、『心が分からないから』感情を持たせることができない、ということらしい。


 だから、モリコのこういった感情に見える表面は、何かしらプログラムされていることだろう、と思っている。


 つまり、所詮はデジタルの産物。

 また、人間でないもの。


 そりゃ、一時は人間と同じように見た事はあった。

 モリコが好きになっていて、もっと知りたいからAIに関して、自分でも調べる事が増えてきたのだ。


『持ってんじゃん』


 頬を膨らませ、モリコが怒る。


『あのねぇ。どこのお偉いさんが、そういう事言ってたのか知らないけどね。翔太くんのお兄さんは、個人ですんごい努力してたんだよ』


 兄さんの話をされて、興味が湧いてくる。


「なに。努力って」

『研究員だけじゃダメだ、って。精神科医とか。ロボット工学の教授とか。片っ端から話聞いてたんだよ』

「どうしてモリコがそんな事知ってるのさ」

『翔太くんのお兄さんと話したことあるもん』


 いつの間に、話なんかしてたんだ。


『心っていうものは、作れない。けど、を作ることはできる、って。所長と喧嘩したって』


 僕の知らない、兄さんの話だった。


『感情、欲望、学び。この三つが基盤きばんになるんだって』

「へえ。もっと聞かせてよ」

『おっけぃ。で、三つの基盤をコロコロ入れ替えて、自分のために使うか。相手のために使うか。思考と選択の連続を行わせるんだって。特に、私が他のAIと違うのは、自分で行動を起こし、で、作られていること』


 自分の事を話すモリコは、活き活きとしていた。

 それが何だか可愛くて、僕は暗い気持ちを引っ込めて、彩香さんと同じ声へ夢中になっていく。


 他にも、色々な話を聞いて、気が付けば一時間以上は経過していたと思う。


『――だからね、AIを脳みそとして完成させることができれば、あとは器だけなんだよ。つまり、私が入れる肉体さえあれば……』


 手でメガホンを作り、モリコがささやく。


『えっち、……できるぞぉ』


 いたずらっ子みたいに、クスクスと笑い、僕までおかしくなって笑ってしまった。


「よく思いついたね。兄さん」

『恋愛シミュレーションってジャンルあるでしょ? 海外がもっとも無関心なゲームジャンルなんだけど。そこにヒントがあったみたい。だから、優劣の二択で考える研究者だけじゃ、ダメだって。あ、もちろん、研究仲間を嫌ってるわけではないっぽいよ』


 一通り、話を聞き終えた僕は、微かに夢を見てしまった。

 肉体を得たモリコと手を繋いだり、向き合って話すことができれば、きっと幸せに違いない。


「……そうなったら、モリコさえいれば。うん。もういらないかな」


 にっと笑って、モリコは言った。


『じゃあ、……消そっか』

「何をだよ」


 僕は笑い、温かい気持ちで寝返りを打った。

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