愛しい〇〇へ

生きる価値

 兄さんに電話をしたけど、通じない。

 警察に言った方がいいかな、と考えが頭を過ぎったけど、兄さんは僕と違って大人だ。


 大人なら、何日か家を空ける事があるんじゃないか。と、僕は兄さん宛てにメッセージを送るだけで、済ませておいた。


 一人でご飯を食べて、支度を済ませる。


 いつもなら玄関に鍵を閉めるんだけど、壊れているせいで閉める事ができない。


 今の時代、電子ロックが主流。

 僕の家は一昔前の鍵を差し込むタイプだ。


 業者に電話をしたけど、旧すぎるタイプのため、鍵だけの注文は受け付けていないと言われた。

 そのために『錠ケース』や『シリンダー』、『鍵』などの一式を注文する羽目になった。


 お金の方は何とかなりそうだけど。


「兄さん。……どこ行ったんだよ」


 兄さんが帰ってこないせいで、不安になった僕はずっと昔の事ばかり思い出している。


 いつもなら、こんなことないんだけど。

 泥棒や目の前で事故などのショックで、普段見ている顔を見たい気持ちに駆られていた。


 *


 学校に行けば、これもまた『いつもの』だ。


「立ってろよ。立てって。おい、立ってろ!」


 僕の前に男子が一列に並び、太ももをひたすら蹴っていくという遊びをしていた。


 カーフキックだったか。

 蹴られれば蹴られるほど、片足に力が入らなくて、僕はすぐに膝から崩れ落ちる。


「あ、ああっ!」

「ぎゃっはっは! バカだ、こいつ!」


 僕の苦しむ姿がよほどおかしかったのだろう。

 周りは爆笑して、腹を抱えていた。


 座った後も同じ個所を蹴られ続け、僕はその場に蹲った。


「もうダウンかよ」


 太一くんが見下ろし、ヘラヘラと嗤ってくる。


 やっぱり、僕の日常って変わらないな、と痛感してしまう。

 彩香さんは僕たちを無視して、他の女子と談笑。


 つい、そっちに目線が向くと、視界を遮るように太一くんが割って入ってくる。


「お前も分からない奴だなぁ。彩香がお前なんて相手にするわけねえじゃん。なあ!?」


 いきなり声を掛けられた彩香さんは、ジロっとした目を向けるだけで、そっぽを向いた。

 まだ喧嘩してるみたいだ。


 太一くんは舌打ちをして、僕を無理やり起こす。


「今度は腹パンやらね?」

「痕残るでしょ」

「デブだから大丈夫だって。お、らぁ!」


 いきなりわき腹を殴られ、僕は息が止まった。


 八つ当たりのパンチは、怒り任せで容赦なかった。


「きったね! 唾吐きやがった」


 他の男子が悲鳴を上げ、今度は蹲ってる所を蹴り上げられ、また息が止まる。


「あー、マジでこのまま殺してやりたいわ」


 太一くんがヘラヘラと嗤っていた。

 他の男子も嗤っていた。


 僕にとっては、こいつ等はいらない存在だ。

 僕は今となっては彩香さんを見てしまう事はあっても、興味はモリコの方に注がれている。


 なのに、こうやって周りが干渉かんしょうしてきては、僕の邪魔をするのだ。


 だから、つい言ってしまった。


、……死ねばいいのに」


 周りが一瞬だけ、シンと静まる。

 僕ごときに恐怖したわけじゃない。


 奴隷が逆らったら、怒るのが世の常。

 太一くんを含めた男子一同が、イラ立ちを隠さず、詰め寄ってきた。


「調子乗んなよ」


 手を踏まれ、


「だったら、テメェが自殺しろや!」


 背中や頭、足、色々な場所を踏まれては、怒号を浴びせられる。

 僕にとって、学校なんてなくてもいい存在だった。

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