モリコ復活
人が死んだ。
両親の死に顔は見たことがある。
眠ってるような顔で、今にも起きてきそうな顔をしていた。
僕は泣いてばかりだったけど、兄さんは険しい顔をしていたっけ。
父さんは小さな工場で、エンジンの開発をしていた。
何のエンジンかというと、『ラジコン』である。
プロペラは子供が怪我をしないように、ペラペラのゴムを使っていた。
「翔太。ドローンってな、実は日本のおかげで開発された一品なんだぞ」
「嘘吐けよ。すごいのは、みんな外国だろ」
「馬鹿野郎。技術で日本に敵う所なんかないの」
後で調べたけど、フランスやアメリカで構想自体はあったらしい。
けれど、小型のくせに、バッテリーは食うし、高出力の電動機が必要だったそうだ。
「じゃあ、どこで作ったんだよ」
僕は父さんの日本自慢がくだらないと馬鹿にしていた。
「名古屋で研究してたんだよ。でな、大阪の企業が、夢のラジコンを後押ししたんだ。分かるか? 日本が一丸となりゃ、不可能を可能にしちまうんだよ。だから、外国の奴らビビッて、あの手この手で未だに日本叩きしやがるんだ」
父さんの言ってる事は興味がなかった。
だから、何の事言ってるのか、さっぱりである。
その後、国からエンジンについて、文句を言われたとかで、ラジコンを作ることができなくなった。
でも、エンジンだけは何度も作っていた。
そばで見ていた兄さんは、何か知っていたのかな。
今となっては、もう過去の話である。
2022年より。
*
『翔太くん!』
「え?」
『いやいや。これ見て、そういう反応する?』
テーブルの上には、組み立てたパソコンがある。
デスクトップパソコンで、モニターは30インチくらいの大きさ。
マザーボードから始まり、着々とセッティングをして2時間弱は掛かったか。
後はシャッカルからダウンロードした、ネット上にあるフリーのOSを変換機でUSBに移し、いつでも起動できるようにした。
正直、モリコの説明がなかったら、パソコンすら組み立てられなかった。
OSを起動してからが長くて、1時間余りはモリコによる『お部屋掃除』が始まった。
その間、ボーっとしていた僕は、つい過去の事を思い出していた。
人が死んで、僕は逃げるように、信号機の前から立ち去った。
家に帰ってからは無心で組み立て作業。
パソコンを使う準備ができた今、モニターではモリコが『裸エプロン』で前かがみになっていた。
『傷つくなぁ。普通、こんな格好してくれないよ?』
「いやぁ、なんか、……うん」
『そんなにショックだった?』
「そりゃね。目の前で見ちゃったし」
人の顔があんなに歪むなんて思わなかった。
目を剥いて、歯を食いしばった顔が不細工に歪んだかと思うと、徐々に形が崩れていくのだ。
『ごめんね』
「モリコは悪くないでしょ」
『……本当は抱きしめてあげたいけどさぁ。私には、これが限界なんだよね』
しょんぼりとした顔で、膝を抱えるモリコ。
艶めかしい姿のはずが、僕は欲情ができなかった。
それよりも、モリコと純粋に触れ合いたい欲求の方が増してくる。
「こうやって、話してくれるだけでいいよ。楽しいし」
『でもさぁ。翔太くん、えっちしたいでしょ?』
「……や、あの、……ん~……」
思わず、腕を組んで考え込んでしまう。
モリコの考える事は、やはり分からない。
おそらく、1から10にいくまで、過程があるはずだ。
なのに、過程をすっ飛ばして、いきなり答えを持ってくるから、僕はこうやって、「何でそう思ったんだろ」と真剣に悩んでしまう。
『この姿ってさ。あの女のだよね』
「彩香さん?」
『そう。ずっと、……見てるもんね』
頬を膨らませ、モリコはつま先をばたつかせる。
もしかして、妬いてるとか?
自意識過剰か。
『待ってね』
モリコは『あ。ア。ア。Aァ』と、機械音声と肉声の混じった音を発する。
始めはトリミングしたような、不自然な声色だった。
それが段々と自然な声色に変わっていって、声の質が定まると、僕は開いた口が塞がらなくなった。
『おちんちん、だ~い好き。彩香だよ☆』
そう。
彩香さんの肉声だった。
信じられない事に、本人の声と聞き分ける事ができない。
そっくり、ではない。
全く同じ、である。
『あれ? こんな感じだよね? おちん――』
「いやいや! 下ネタもういいよ! どうしたの、その声!?」
『動画とぉ、通話記録。あと、口と喉の形から想定した音域。医療データかな。でも、通話の方って、本人の声に近い声を当ててるだけだから、狙い通りになってるか不安なんだけど。……どう?』
小首を傾げ、にっと笑う。
その声で笑われると、不意にドキドキしてしまう。
人気声優の方が、声優という職なだけあって、声の質は良い。
でも、好きな人の声と声優では、どちらが良いなんて比べるものじゃない。
好きな人は僕にとって、何てことない存在だけど、身近なのだ。
「すっげぇ」
『んふふ。おちん――』
「あの、……もういいから。どうして、その声になった途端、変な事言うのさ」
モリコが変な事ばかり言うので、脳裏に焼き付いた顔を意識せずに済んでいた。
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