脳裏に焼き付く

 お昼は、スーパーの中にあるファーストフード店で済ませた。

 学校をサボって、うろついているので、初めての非行にドキドキ。


 念のため、兄さんの帽子を被って、隣町まで遠出をしている。


 を監視カメラで読み取られ、すぐに職質を受けるなんてクラスの男子たちが話してたが、もしかしたらその人達の勘違いかもしれない。


 たまたま、近くをうろついていた警官に呼び止められただけだろう。


 それでも半信半疑なのは、そういった話がある上で、非行少年、少女と呼ばれる人たちは、ほとんどいない事か。


「パソコンなら新しいのが良かったよ。50万もあるなら、ゲームとかいっぱい買えるのに」


 僕がモリコと向かったのは、『ジャンクショップ』である。


 モリコの指示に従い、パーツを買って、組み立て用という話になった。

 しかも、新しいタイプではなく、『旧式』である。


「OSのソフト買ってないよ?」

『それはデータをシャッカルからダウンロードすればいいよ。既存のOSはダメ~。足が付くもん』


 何の話だよ。


「データをダウンロードしたって、どうやってUSBに入れるんだよ」

『変換機あったでしょ? 壊れてるなら、買っていこうよ』

「はあ~……。絶対に新しい方がいいのに」


 今までできなかったゲームをやれたら、泥棒に入られたショックだって和らぐだろう。


 不満がつのるのは当たり前だ。

 だって、50万が個人資産に入ってるのだ。


 どういう経緯で入ったお金かは分からない。

 使っていいか迷ったけど、モリコは『使って❤』の一点張り。


『どうせエッチなゲームばかりやるんでしょ。知ってるんだから』

「……ちょ、ちょっとくらい、いいだろ」

『あのね。私がいなかったら、別にいいけど。今は私がいるでしょ。夜中に布団の中でゴソゴソしてるの知ってるよ』

「う……」

『カメラに映ってたんだからね』


 ……見るなよ。


 まるで、気分だった。


 何とも言えない複雑な気分で、信号に差し掛かる。

 周りには主婦やリュックを背負った大学生っぽい男。

 疲れ切った顔のサラリーマンなどが立ち並ぶ。


 耳にハメ込んでいるイヤホンから、モリコの声が聞こえる。


『下がって』


 何の事だろう。

 ボーっとしていると、『下がれって言ってんの』と、高圧的な口調に変わり、一瞬背筋がヒヤッとする。


 怖かった僕は、情けないことに周りの人達へ道を譲り、最後尾に下がっていく。


 頼むから、怒るのは止めてほしい。

 落ち込んだ時は優しくしてほしいのだ。


 また不満が溜まり、「……んだよ」と、イラ立ちを隠さずに顔を上げた。


 その時だった。


 右から走ってくる車が目についた。

 通常、他人の乗る車なんて、どうでもいいから気にしない。


 でも、僕がその車へ釘付けになったのは、ある事が理由だ。


「なあ、あれヤバいんじゃないのか?」


 前にいる、サラリーマン風の男が声を上げる。

 車のフロントから、黒い煙が上がっていたのだ。


 そのため、僕だけではなく、他の皆も注目している。

 黒い煙が立ち込めたまま、車はスピードを落とさず、どんどん接近してくる。


 ヤバい。


 体中がビクビクと震え、早く逃げようと強張っては、力が緩んでを繰り返す。


「下がれ! おい! 下がれって!」


 前から怒号が飛び、最前列にいたサラリーマン風の男と目が合う。


「あ……」


 人が轢かれる瞬間を見たことがあるだろうか。

 ないよな。普通は。


 金属の壁が横から突っ込むと、肩が潰れ、歯を食いしばりながら表情が歪む。

 唾なのか、血なのか。

 口からは液体を飛ばし、人間の体が真横にへし折れた。


 くの字になると、側頭部をガラスにぶつけ、頭を軸に肩や腰でフロントを転がり上がっていく。


 はたが強風になびくような、バタバタとした音。

 それは両足で車の屋根を叩く音だった。


 時間にして、2秒くらい。

 着地を入れると、3秒くらい。


 それぐらい短いのに、ゆったりとした時間が流れていた。


『離れて』


 モリコの声で我に返り、僕は一歩後ずさる。


『もっと』


 何メートルも下がり、曲がり角のある位置まで走っていく。

 後ろからは、パンと弾けるような音が聞こえた。


『耳塞いで。私の声に集中してね』


 次の瞬間、ボンと大きな爆発音が響き渡った。

 突然の爆音に内臓が揺さぶられ、背筋には熱い風が当たってくる。


 風と共に火傷しそうなくらい、熱い破片が飛んできて、かなり遅れてから一斉に悲鳴が上がった。


『今日の夕飯は、カレーにしようよ。何日かは持つんじゃない? 出来上がったら、皿に盛って冷蔵庫に入れておこうね』

「ねえ。何が起きたの?」

『夏場はすぐに白カビが生えるから』

「モリコ! 今、人が……」

『翔太くん』


 夢、見てるのかな。

 脳裏に衝突の瞬間がこびりつき、呼吸が乱れて、上手く息を吸えない。


『悪い事したら、皆消えるんだよ。他の誰でもない、皆が許さないでしょ? 何もおかしなことは起きてないんだよ』


 子供に言い聞かせるような、優しい声だった。

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