リアルとバーチャル

 授業は基本退屈。

 退屈だったはずだけど、モリコと過ごすようになってからは、退屈な勉強も一応は頭に入れておこうと前向きになっていた。


 勉強を頑張っておけば、選択肢は増えるだろうし、大学に行きたい気持ちがあるから尚のこと必要だ。


 三流大学でも何でもいいので、学びたい学科がある所に行けるよう頑張ろう。

 僕は夢中になって、タブレットにペンを走らせる。


 いつも通り、周りからは変な物が飛ばされてくる。


 飛ばされてくる、と言っても兄さんの言うような、昔の学校とは違う。

 消しカスや紙が飛ばされてくるわけではない。


 僕のタブレットに卑猥なメッセージやグロ画像が飛ばされてくるのだ。


 以前の僕なら、嫌な物が視界に入っただけで、跳びはねていた。

 今は、モリコがタブレットに侵入してくれているので、片っ端からブロックを掛けてくれている。


 相変わらず、どうやって入ったのかは謎だけど。


『ぉーい、間違ってるぞぉ』


 タブレットに文字が表示される。


 タブレット内で、間違えている箇所が赤い線で囲まれる。

 現在は『プログラム』の授業を受けているのだが、サイトでメッセージを表示する際に、『指示』のスペルを間違えていて、モリコが正しい訳に直してくれた。


 ぶっちゃけた話、英語なんて成績は良くないから、僕には全てが同じ記号に見える。


 ほとんど、命令文を一つの形として記憶しているだけ。

 だから、何て書いてあるのか、意味までは分かってない。


 こうやって書けば、こう作動するんだな、と曖昧解釈で覚えてるのだ。


「チッ」


 どこかから、舌打ちが聞こえた。

 気になるけど、どうせ太一くんだろう。


 僕は気にせずに集中した。


 *


 昼飯休憩になり、体育倉庫に呼び出された。

 いきなり、腹を殴られて、僕は蹲る。


「お前、調子こいてねぇ?」

「げほっ。……別に、調子になんか……」


 顔を上げると、つまらなそうに彩香さんが僕を見ていた。

 けれど、すぐに腕のシャッカルを操作して、SNSを見始めている。


「オモチャは面白い反応しないとダメだろ? 楽しませろよ!」


 腹に重い衝撃がくる。

 太っていたおかげで、腹の表面がジンジンと痛むだけで済んだが、痛がってないとまた踏まれかねないので、大げさに痛がっておく。


「へっ。……底辺デブのくせに、イキってから、こういう目に遭うんだよ」


 太一くんは、彩香さんの隣に座る。


「マジで死んじまえよ。デブ」

「うぅ……」

「どうせ、この先寂しく死んでくくらいなら、今すぐに飛び降りでもした方がいいぜ。それが怖いなら、車に突っ込むとかな。ギャハハっ!」


 彩香さんの肩に腕を回し、下品な笑い声を上げる。


「ちょっと、見てるよ?」

「いいじゃん。ムラムラしちってさ」


 ズボンのジッパーを下げ、彩香さんの頭を掴むと、ゆっくり自分の股間に顔を埋めさせていく。


 彩香さんの口元がちょうどチャックの位置に下りていくと、太一くんはシャツ越しに大きな胸を揉み始めた。


 本当なら僕も男なので、少しくらいはムラっとはくるんだけど。

 不思議と、今は体育倉庫を出て、ゴハンを食べたい気分だった。


「オラ。見てろよ。お前にゃ、一生縁がないだろ?」


 揉みしだくと、柔らかそうな胸に指が沈み込んでいく。

 小さく喘ぎながら、彩香さんはチャックの中に手を突っ込み、舌を出した。


「しゃぶられるのってよぉ。マジで最高なんだわ」

「あの、……外に出てようか?」

「あぁ?」

「いや、……邪魔かなぁ、って」


 すると、カラーコーンが飛んできた。

 近くにあった物を適当に投げたのだろう。


「動くんじゃねえって言ってんだろ! 命令聞けや! 奴隷がよぉ!」


 本当は嫌だけど、見ていないと怒られるみたいだ。

 僕は彩香さんの鎖骨あたりを見て、じっとした。


 その時だった。


 ピッ、ピッ、と機械音が何度か鳴る。


「ん……。私だ」


 股間を枕にして、彩香さんがダルそうにシャッカルを起動。

 メッセージが届いたようで、中身を確認していた。


「……は?」


 すると、その顔が見る見るうちに険しくなっていく。

 MRは半透明なスクリーンが出力されるので、実はその裏側に立っている僕からも、何が書いてるのか反転して見えている。


『顔崩れてるよ』


 見た感じ、中傷だった。

 友達と喧嘩したのだろう。


「え、だれ?」


 僕の予想はすぐに裏切られた。


「なあ、彩香。早くしゃぶってくれよぉ」

「ごめん。ちょっとうるさい」

「おいぃ……」


 太一くんはムラムラしてるのに、お預けを食らって不満そうだった。


 素早いタッチで文字を打ち込む。が、面倒くさくなったのか、途中でマイクに切り替え、音声入力を始めた。


「だれ、アンタ?」

『翔太です』


 ギロ、と鋭い目つきがこっちに向けられる。

 僕は思わず、自分を指し、「ぼ、僕ですか?」と、問いかける。


 何も言わずに立ち上がったので、身の危険を感じて僕は後ずさった。


 そして、またメッセージが届く。

 今度は動画だった。


《お、お尻は、入らないって!》

《いいじゃん。一回試してみたいんだって》

《っ、ちょ、……あんっ》


 明らかに彩香さんの顔が青ざめていた。

 動画には快楽に歪む彩香さんの顔。

 アングル的に、顔から背中に移り、尻を映している。


 つまり、彩香さんではない撮影者がいる、ということ。

 声の主から察するに、太一くんだろう。


「なにこれ!?」


 いきなり怒鳴られ、太一くんは目を丸くした。


「へ? 何、キレてんの?」

「信じらんない。最低っ!」

「おい!」


 彩香さんは胸元のボタンを留め、さっさと体育倉庫を出て行く。

 その後を追いかける、太一君。


 残された僕は、何が起きたのか理解できず、ポカンとしていた。

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