モリコ・パレード
夜、自室にて、僕は布団の上に寝転がっていた。
一階からは洗濯機の音が聞こえる。
今日、制服を女子トイレで見つけてから、僕は授業が終わったタイミングで体操着を取りに教室へ向かった。
みんなに嗤われながら、ノーパンでジャージを着て、そのまま授業を受けるハメになった。
「うー……、キッツ……」
モリコといると癒されるけど、ショックを受ける時は、とことん落ち込むものだ。
生憎、24時間フルで癒されモードとはいかない。
今は落ち込みの延長戦に突入で、何もする気力が起きず、僕はふて寝をしていた。
『翔太くん。大丈夫?』
「……うー……ん」
寝返りを打つと、パソコンが勝手に起動していた。
起動ボタンを押してから、しばらくは読み込みをして、完全に立ち上がるまで時間が掛るのだが、なぜか旧式のパソコンはすぐにモリコの部屋を映していた。
何でだろう、と小さな疑問が浮かぶ。
でも、すぐにどうでもよくなって、僕はため息を吐く。
『ね、ね。外に行こうよ』
「うー、……今日は、もういいよ」
『いいから。早く起きて。見せたい物があるから』
画面ではモリコがにこっと笑い、窓のある方を指す。
*
MRを搭載していない家から、一歩外に出ると、そこは見慣れた別世界。
人感センサーで付くライトのように、路面は僕に反応して薄っすらと光る。
これ、重さや人感に反応しているので、車で走るときは全然光らないのだ。だけど、老人などが暗闇で転ばないように、輪郭が見える程度の薄明かりが付いてくれる。
だから、車と人が交差する時に、路面が光っていると、運転手からすれば人がいる、って分かるみたい。
「見せたいものって何さ」
誰もいない住宅街を歩く。
10時は過ぎた頃だから、人通りは全くない。
都会だったら、普通に出歩く人はいるんだろうけど、田舎なんてこんなものだった。
『ふっふー。では、では。落ち込んだ翔太くんのために、ショータイム♪』
と、元気いっぱいにモリコが言う。
だけど、何も起こる気配がないし、周囲を見渡しても特別何かがあるわけではない。
「……んん? ショータイムって、……何の事?」
ふと、斜め向かいの家が目についた。
玄関や窓越しに見える中の明かりが、パチパチと点滅を繰り返した。
「故障かな?」
すると、今度は向かいの家でも同じ現象が起こる。
いや、二軒だけじゃない。
僕の周りにある民家、外灯、路面、壁などのあらゆる明かりが、一斉に点滅を始めた。
怪奇現象と呼んだ方が適している。
人によっては卒倒するだろう。
でも、鬱屈とした日々を送る僕にとっては、この怪奇現象はちょっとしたパレードのようで、心が
「うおお! すっげぇ!」
『まだまだ、いくよ~っ!』
次の瞬間、周りからは一部の乱れもなく、同じ曲が掛った。
その曲に、僕は覚えがある。
というか、僕の大好きなアニメの音楽だった。
少女が明日に向かって進んでいく。
そんな爽やかで、青い曲だ。
鳥肌が立ったなんてものじゃない。
「おわ、わ、わああっ! どうなってんだよ!」
と、僕が驚いていると、何やら目についた近くの民家には、人影があった。玄関の曇りガラス越しには、扉の前で激しく動く人影。
窓越しには、明らかに戸惑って、耳を塞ぎながら天井を見ている影。
僕が驚いてるのと同様に、全ての住民が驚きと戸惑いにあたふたとしていた。
『どう? 元気になった?』
「ははは! ありがと! これ、ヤバいね! うっわ、すっげぇ!」
興奮は冷めなかった。
まるで、町一つを僕だけのものにした優越感。
好きな音楽に合わせて、点滅する照明。
その瞬間だけ、町は僕の色に染まっていた。
*
今日、未明。
中国の軍事施設で大規模な火災が起こりました。
中国当局は原因を調べております。
*
昨日の夜、東京都全域で停電が起こった模様です。
停電の影響で、システムに異常が見られたと発表がありました。
引き続き、調査の方を進めるとのことで、調査には自衛隊と警察が協力していくとのことです。
*
テレビの音声を聞き流し、僕は食パンを
世界がどうとか、そんなものどうだっていい。
どうせロクなニュースがないし、興味がないし、国が喧嘩しようが市民に危険が及ばなかったら、何だってよかった。
どうでもいい事より、僕は昨日のパレードが頭から離れなかった。
昨日の一件で、恋愛シミュレーションとして見ていたモリコを見る目が一段と変わり、僕にとっては仮想世界の友人となっていた。
ゆくゆくは、付き合いたいな、と考えている。
「やっぱ、……俺の予想通りだな」
「え?」
ソファで寛いでいる兄さんが、テレビを眺めて笑っていた。
兄さんには僕の声が届いてないようで、笑みを浮かべながら独り言を口にしている。
「AIをただの道具として見てりゃ、使い方なんか一生分からねえだろうな」
仕事の話かな。
でも、今日は機嫌が良さそうだ。
最近は兄さんが家にいる事が多いので、僕はちょっと嬉しかったりもする。
「嬉しそうだね」
「まあ、な。予定とはだいぶ違ったけど。やれることはやったかなぁ、って」
「仕事の話?」
兄さんは顎をしゃくり、
「日本の話かな」
そう言って、兄さんはカップに口を付ける。
コーヒーの匂いがこっちにまで漂ってきた。
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