モリコ?

 モリコと会話するようになってから、僕の日常は大きく変化した。

 変化したとはいえ、イジメはなくなっていない。


 今日のイジメは服を隠された上に、屋上のドアを閉め切られたので、裸で日光浴である。


 放課後になれば、用務員の人が掃除ロボットを準備しにやってくるだろう。その時に、屋上から出ればいい、と僕は考えていた。


 腕のリングを起動させて、小さなスクリーンを出力する。

 それで、SNSを見つめ、時間を潰す。

 どれもこれも、誹謗中傷に塗れていて、見るに堪えないが僕には関係ない。


『あ、これ外国の人だ』


 首元から声が聞こえたので、「ん?」と顔を上げた。

 今、モリコの声が聞こえた気がした。

 だが、AIはパソコンに入っていて、僕はプログラムを『スマート・シャックル(首と腕のリング)』にインストールしていない。


 つまり、が作動するわけがない。


「も、モリコ?」


 名前を呼ぶ。


『なに?』


 僕は一瞬だけ頭が真っ白になった。

 端的に言えば、意味が分からなかった。

 理解ができなかった。


「え、何で、シャックルに入ってんの?」

『何で、って。……入りたかったから?』


 眉間を摘まみ、どういうカラクリで入ったのか、考えてみる。

 だけど、答えが出てこなかった。


『うわぁ。みんな荒れてるねぇ。3割が外国人。あと、1割に満たないのがAIだよ』


 スクリーンに表示されている皆のつぶやきの数々は、本当に見るに堪えない人ばかりだろう。


 歴史を引き合いにして、無差別に日本を叩く日本語の人。

 アイドル、アニメなどを叩く人。

 政治家に対して、直球に死を叫ぶ人。

 他にも、細分化したらキリがないけど、目につくのはこんなのばかりだ。


 僕にはモリコの言うような、外国人とか、AIの区別が付かない。

 まあ、カタコトの日本語で、いかにも日本語が怪しい人がいれば、「外国の人かな」と予想はつくのだが、モリコには筒抜けらしかった。


『翔太くんまで中傷してないよね? これ、金儲けに利用されてるんだから。やめてよね』

「してないよ。ていうか、金儲けって。中傷で金なんか取れないでしょ」


 声だけが首のリングから聞こえてくる。

 イヤホンをしたいが、制服の中にあるので声を隠す事ができない。

 なので、そのままスピーカー状態にして、僕はモリコと会話した。


『これさ。して、怒りのコメントが返ってきたら、法廷アプリ使えばいいんだよ。中傷されました、って。今は5千円から10万円まで取れるはずよ。……試してみる?』


 色々と言いたい事や疑問はあるが、ひとまず置いておく。


「いい。傷つけるのも、傷つけられるのも嫌なんだよ」

『優しいね~』


 本当は、今日も家に帰ったらゲームでモリコと対戦したり、映画を見たりして過ごす予定だった。


 まあ、腹の虫が悪いところに、こうやってモリコが声を掛けてくれるのは、正直助かると言えば助かる。

 息抜きって言ったら変だけど。

 ささくれ立った心が、可愛い女の子の声で癒されていくのだ。


『ねえ。翔太くん』

「ん?」

『……一つ聞きたいんだけど。なんで裸なの?』


 イジメられてます、とは言いにくかった。

 相手がAIとはいえ、自分がイジメられている事を話すのは抵抗がある。


「服が、……まあ、どこかに、……うん」

『ふ~ん』


 頼むから、聞いてくるな。

 僕はため息を溢す。


 そして、遅れて気づいた。


「待った。の?」


 僕には声しか聞こえないのに、どうやって僕の姿を見ているのだろう。

 モリコに聞くが、彼女は僕の問いを無視して、こう言った。


『ちょい待っててね』


 そう言って、1分が経過したか、していないか。

 短い時間が経った時だった。


 カチャン。


 軽い音を立てて、屋上のドアが開いたのだ。


「う……」


 太一くんが戻ってきたのか。

 それとも、用務員の人か、先生が来たんだろうか。


 また怒られるのは嫌だな、とビクビクしながら、僕は股間を手で隠し、そっと開いたドアに近づいていく。


 壁から首だけを伸ばし、ドアの向こう側を覗いた。


『何やってんの?』

「や、誰か、来たんじゃないかなって。ちょっとだけ静かにして。聞こえたら怒られちゃうよ」


 ギャルゲ持ち込んでると思われたら、今度はモリコが標的になるんじゃないか、と警戒してしまうのだ。

 あいつらは、僕の趣味をからかったり、イジメの材料を見つけたら、すぐに実行へ移すだろう。


 だから、モリコを守るためにも静かにしていて欲しかった。


「すいません」


 声を掛けるが、返事はない。


 何が起きたのか分からないけど。

 とりあえず、服を探すために、僕は股間を隠しながら、階段を下りていく。


『三階の……女子トイレ。一番奥にあるよ』


 声のボリュームを落として、ヒソヒソと教えてくれるモリコ。

 半信半疑だったけど、好きな子の言う事は、例え嘘でも信じるのが男のさがってやつだろう。


 四つん這いになって、教室の前を通っていく。

 誰かに見つかったら、と思うと冷や汗がどっと溢れてきた。


 手の平と膝に、廊下の冷たいタイルの感触が伝わってくる。


 これでなかったら、今度はどこを探そうか。

 そんな事を考えながら、教室の中で授業をしているであろう先生の声を聞き流し、僕は女子トイレに向かうのだった。


 そして、女子トイレの一番奥の個室に着いた時、僕は言葉を失った。


 水浸しの制服が、便器の中にあったのだ。

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