そうだ、来年もどうぞよろしく
大晦日は、例年だったらもっとくだらないものだったと思う。
終わらない大掃除、三が日の間はスーパーが軒並み閉まってしまう上に値段が高くなるからと、必死で安値のスーパーを探しまくって三日間の食料の調達、疲れ果てておせちも年越し蕎麦もなく、年末年始のテレビをだらだら見ながら、特に綺麗じゃない部屋で寝正月を送っていた。
今年は春陽さんが既におせちを完成してしまっているし、あとは私が年越し蕎麦をつくればいいだけで、比較的のんびりとした一日となっていた。
蕎麦つゆは出汁醤油を割って温め、あさぎをみじん切りにして用意しておく。あとはお湯を沸かして蕎麦を茹でればいいから、本当にのんびりだ。
「そういえば、この辺りって神社ありましたっけ?」
年末に無事にネット記事を納品した春陽さんは、既に今年の仕事はやりきった感じで、のんびりとしていた。私はお湯を沸かしながら振り返る。
「んー……たしかあったかなあ。一軒。ただちょっと遠いんで、二年参りするには無理があるかなと」
「あー、さすがに車では行けませんしねえ」
「行けないこともないけれど、やめといたほうがいいかなと。この辺りの神社、観光客が来るようなところでもないんで、真っ暗だよ? 屋台とかも出ないし」
「じゃあ、明日行きましょうか」
「うん、それがベターかなと」
お湯が沸きはじめたので、蕎麦を入れる。乾麺ではなく生麺を売っていたから、それを茹でる。さすがにちょっとした田舎暮らしをはじめたとはいえど、蕎麦を打つ趣味までは持たなかった。
蕎麦を茹でてざるにあげたら、器に蕎麦を入れ、そこに温めた出汁醤油を注ぐ。あさぎを入れ、市販の厚揚げを載せたら、年越し蕎麦の完成、と。
「蕎麦できたよー」
「わあ、ありがとうございます!」
春陽さんと来たら、無茶苦茶嬉しそうに蕎麦をすするから、こんな簡単なものでいいのかと戸惑ってしまう。
「私、本当に久し振りに、年末年始自由を満喫してますから!」
「待って。普段年末年始なにしてたの? 仕事?」
「というより、彼氏の鍋の用意にかかりっきりで、仕事の写真、原稿、彼氏の世話で、てんてこ舞いになっていました」
「彼氏成人してるよね!? 仕事で忙しいのは当たり前なんだし、自分の世話くらい自分でさせればいいじゃない! なんで彼氏自分の世話を忙しい子にさせようとしてるの!?」
思わず悲鳴を上げると、「やっぱりそうですか」と春陽さんはしんみりとする。
「私、よく周りから言われていましたから。駄目人間製造機って。元々ちゃんと自活していた人を、次から次へと駄目人間にしてしまうから、結婚したら最後関白亭主を製造してしまうから止めておけって」
そうしゅんとしているのに、私は「あちゃあ……」と思う。
前々から春陽さんの男運の悪さを聞いていると、なにも春陽さんだけが悪いようには思えない。そもそも男だって「仕事と私どっちが大切なの」と言われたら鬱陶しいだろうに、女に対して「仕事と一緒に自分もかまえ」と言ったら駄目だろう、普通に考えて。
「それ、絶対に春陽さんだけが悪い問題じゃない。たしかに春陽さんは、ちょっとばかし運が悪いとは思う」
「やっぱり悪いんですか……」
「運が、だからね。春陽さん本人じゃないから」
そうきっぱりと言っておく。
「そもそも同居なんて、ひとりだけ頑張るものでもないじゃない。私たちは、普通に一緒に生活できてるでしょ」
「でも春陽さん、かなり自分で自分のことは済ますじゃないですか。それって普通なんですか?」
「普通だと思う。それは春陽さんもでしょう? ああー、なんで大晦日にそんなしょっぱい話してるんだっけ。やめやめ。蕎麦伸びない内に食べよう」
「あっ、はい」
しばらくの間、ふたりで蕎麦をすする音だけを立てた。
適当につくった蕎麦だけれど、寒いときに温かいものは普通においしい。ふたりで手を合わせて「ご馳走様」と言ってから、流し台に立った。
「じゃあ明日、いつから初詣行きましょうか?」
「うーん、適当でいいかなあ。ただ、どんなに小さい神社でも、元旦はさすがに人が多いと思うから、二日、三日で行ったほうがいいかも」
「それもそうですねえ。あ、そうだ」
春陽さんはにこやかに笑った。
「来年もどうぞよろしくお願いします」
「……私、ずっとよろしくお願いしているほうだと思ってたけど」
「わたし、何度も言いますけど、拾われてなかったらこうして楽しく過ごせてませんし」
「それはこちらの台詞。来年もどうぞよろしく」
正直、私たちの関係は一緒に住んでいるだけの同居人で、いつシェアハウスを解散するかもわからない曖昧なままだ。
ただ、笑ってお別れできるように、来年も大切に暮らしていこう。
決して一方的な関係じゃないからこそ、余計にだ。
<了>
ふたりぼっちで食卓を囲む 石田空 @soraisida
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