そうだ、焼き芋をしよう
秋も深まってきて、庭掃除が大変になってきた。庭の雑草自体は秋になったら落ち着いてきたものの、替わりにどこかから落ち葉が振ってきて、それの掃除が大変なんだ。落ちても落ちても掃除しないといけないんだから。
今日は休みだとばかりに、庭で竹箒で掃いているものの、一向に綺麗になる気配がない。秋の間はこんな感じかなと、少しだけ嫌になる。
そんな中、家の向こうから「すみませーん」と声がかかった。いつも春陽さんが頼んでいる農家からだ。私が「はあいちょっと待ってください」と言ってから、庭から台所にいる春陽さんに声をかける。
「春陽さん、農家さん来たよ」
「あっ、わかりました。すぐ行きますね」
彼女がぱたぱたと出て行き、私が掃除している間もなにやら話し込んでから、段ボールを運んでいった……にしては、彼女がいつにも増してへっぴり腰になっているから、私は慌てて箒を立て掛けて手伝いに行く。
「ちょっと……大丈夫?」
「うううううう……今日はやっぱり重いですねえ」
「重いってなに? かぼちゃでも届いたの?」
「いえ……さつまいもですねえ」
「さつまいもかあ……そういえば、もう芋掘りの季節だっけ」
秋だ秋だと言っていたものの、そうだよな、秋なんだからさつまいもの季節なんだよなと今更ながら気が付いた。
段ボールを開いてみたら、本当にさつまいもがびっしり入っている。スーパーで売っているような小ぶりなものではなく、ずっしりと重みのある太い奴だ。
「すごいね。これはもう料理とかに使わずそのまんま食べたいかも」
「そうですねえ……そういえば、この辺りってできるんでしたっけ」
「なにが?」
「ええっと……この辺り民家ありませんけど、焚き火をして大丈夫なんでしたっけ?」
そう尋ねられて、はっとした。
元々都会で年々焚き火ができなくなる理由のひとつは、煤が飛んだら洗濯物が汚れるというご近所トラブルが主立った理由だ。この辺りの自治会ではどうだったっけ。私はがさがさとファイルに閉じた資料を探してきて、それを捲ってみる。記述はない。
念のために焚き火をしていいか自治会の会長さんに電話で尋ねてみると、拍子抜けするほどあっさりと許可をくれた。
「ああ、兼平さん家は古民家ですから、家に燃え移るのさえ気を付けてくれれば大丈夫ですよ。この辺り未だに囲炉裏残っている家とかありますから、火事さえ起こさないでくれたら火の取り扱いに決まりはないです」
「はい、教えてくださりありがとうございます」
今度自治会の集まりがあったら、そこでもう一度お礼を言っておこう。私は何度も何度もお礼を言ってから電話を切ると、春陽さんに指でOKマークを出した。途端に春陽さんは破顔する。
さっきまで鬱陶しいと思っていた落ち葉掃きも、焼き芋のためと思ったら楽しくなる。こんもりと山になるほど集めたら、着火ライトを持ってきてそれで火を熾す。その間にアルミ箔を巻いたさつまいもをたくさん春陽さんが持ってきてくれた。
「そういえば、焚き火や焼き芋って、最後にしたのはいつかとかってある? 私が学校の掃除のときに落ち葉焚きをした記憶があるんだけど。学校の周りはちょうど用水路で囲まれていたんで、近所迷惑にならなかったからできたんだけど」
落ち葉が燃えるのをまじまじ眺めながら私が言うと、春陽さんは素直に「いいなあ」と言った。
「わたしは大学時代にキャンプに連れられて行ったときくらいだったかなあ。燃ーえろよ燃えろーよと、なんでもかんでも焼きながら、ついでにマシュマロも焼いて食べるのが楽しかったですねえ」
「ああ、マシュマロ。あれってなんていうんだっけ?」
「スモアですねえ。今はちょっとマシュマロが在庫切れですから、買ってきたらやりましょうか」
「まあ、また落ち葉が積もってからかなあ。そういえば、焼き芋ってどれだけ焼けばいいの?」
「とりあえず棒でつついて適当に転がしましょうか。オーブンで焼いても三十分くらいかかりますし、ガス火じゃないですからもっとかかりますよね」
「ああ、そっか」
大昔の林間学校の飯盒炊飯で、赤い炎は火力が弱いなあと驚いたことを思い出した。カレーを炊いてみたら水っぽくってしゃばしゃばだし、ご飯もなかなか水っぽくって不思議がっていたら、先生が「飯盒炊飯ではこんなもの」と教えてくれたのを思い出した。
焼き芋って、わくわく楽しむ時間をしゃべって火に当たりながら待つ、世の中の時間にゆとりのある人たちが楽しむものなのかもしれない。
そう考えたら、都会から離れてそんな時間を持つことができた私たちは、渡りに舟だったのかも。
しばらくころころ転がしながら焼いていたら、だんだんアルミ箔が黒焦げてきた。
「これってやり過ぎってことない?」
「うーん……多分大丈夫だと思いますけど、心配ならちょっと持てるようになるまで火から降ろしましょうか。黒焦げてるくらいに熱が入っているんだったら、あとは余熱でいけると思いますから」
「う、うん……」
棒でつついて焚き火から焼き芋を取り出すと、残りは私たちが寒さ避けで燃やしておくことにした。
ふたりで話していたのは、意外と話したことのなかった高校時代の話だった。
「そういえば美奈穂さんは高校時代はどうだったんですか?」
「んー……あんまりいい思い出がないというか」
「あ、ごめんなさい……」
「というより、あんまり過去に興味がないというか」
「えっ?」
「うーん……私の住んでた町がそうだったのかもしれないけど、ステレオタイプの幸せが一番いいっていう場所だったから、高校は大学に行くための場所って割り切ってたんだよね。まあ部活は楽しかったし、高校時代の友達とは今でも都会に行ったらしゃべっているけど、取り立てて思い入れはないっていうか」
「はあ……美奈穂さんは高校時代からそういうので?」
「というより単なる天邪鬼なんだと思う。右向け右っていうのに左を向く程度の」
「あはっ」
春陽さんは何故かにこにこ笑っているので、私は話を振ってみた。
「そういう春陽さんは? もう高校時代から料理が好きで?」
「そうですねえ……私はステレオタイプな幸せが好きというか、二十代前半にはお嫁に行って、今の私の年齢では子供がふたりくらいいる幸せ家庭を築いている予定だったんですけど。あの頃から、家庭科部に入って一生懸命料理して、幸せな結婚するぞと張り切ってましたから」
「……高校時代からですか。春陽さんはマジでいけると思ったんですけど」
「うーん。やりたいこととやれることとしないといけないことって、なんというか一致しないですよねえ」
そうしみじみと言われ、彼女が男運があまりないということを思い出す。
うん、やりたいこととやれることとしないといけないことが一致するのって、人生においてなかなかない奇跡だからな。その奇跡が起こらない以上、現状に甘んじるしかないのか。
しんみりとしている内に、余熱で火を通していた焼き芋もできそうだ。軍手を嵌めて黒くなったアルミ箔を剥き、割ってみる。
「わあ!」
まるで絵に描いたかのようなきつね色に仕上がった焼き芋が顔を出した。早速口にしてみると、ほっくりとしながらも味わい深い味がする。皮が適度に焦げているのが、これまたいいアクセントになっているのだ。
「おいしい……! 焼き芋なんて本当に久し振りに食べたけど」
「わあ、本当においしいです。今日の芋は焼き芋にも適している奴だって教えてくれましたけど、焼いただけでこんなにおいしんだったら、味を付けちゃうのもったいないですねえ……」
春陽さんも目を細めておいしいおいしいと食べている。
本当に、素材だけでこれだけおいしいんだったら、味を付けるのはなんだか失礼な気もする。
「これでスイートポテトつくったらおいしいかもしれませんねえ」
「あー……焼き芋でつくったら簡単につくれるのかな」
「バターいれたり蜂蜜入れたりしてコクを出すんですけど……でもなにか足さなくっても充分おいしいんで、迷っちゃいますねえ」
おいしいおいしいと夢中で焼き芋を食べている間に、焚き火は消えていた。ふたりで煤を集めて捨てておく。
たまにはこういう日も乙なものだろう。
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