そうだ、アップルパイを焼こう
日が穏やかになり、春陽さんが日々届けてもらっている野菜もおいしい秋野菜が増えてきた。私たちはそれらを食べながら、日々それぞれの仕事を続けている。
今日も春陽さんが届いた野菜を冷蔵庫に入れているのを、私も手伝って冷蔵庫に入れていると、段ボールがひとつ分けられているのが見えた。
「あれ、こっちは冷蔵庫に入れなくって大丈夫?」
「あー、これは冷蔵庫に入れると他の野菜が傷むんで、段ボールに入れたまま使い切ろうかなと」
「これなに?」
「りんごです。いっぱい」
「いっぱい?」
開けさせてもらうと、たしかにぎっしりとりんごが入っていた。皮に傷が入っている格安りんごらしいけれど、皮が傷付いているだけで、充分おいしそうだ。
「へえ……そういえば、もうりんごの季節か」
「そうなりますねえ。りんご、おいしいんですけど、冷蔵庫に入れると他の野菜の劣化を促進させてしまうんで、冷蔵庫に入れられないんですよ。じゃがいもと一緒に入れてたら、じゃがいもの芽が出ないんでいいんですけどね」
「なるほど。でも皮に傷入ってるんだったら、早めに食べないと駄目なのかな」
私がまじまじと眺めていたら、春陽さんは「んー……」とりんごを見た。
「全部を生で食べないのはもったいないですけど、たしかに早めに食べないと傷んじゃいますね。半分はコンポートにしましょうか。ついでに写真欲しいんで、コンポートの一部はアップルパイに仕込もうかと」
「アップルパイ……!」
りんごといったら、真っ先に出てくるお菓子だ。でもパイ生地をつくるっていう手間暇を考えると、億劫になってつくれない奴。パイ生地だけだったらスーパーに行けば売っているけれど、アップルパイつくりたいだけでわざわざ買ってくるのかと思ったら、やっぱり躊躇する奴。
私が「んーんーんーんー……」と言っている中、春陽さんは暢気に笑った。
「たしかにレシピによってはパイ生地つくるの大変ですけどねえ。でも簡単なレシピもありますし、それでつくったらそこまで時間かかりませんよ」
そう言いながら、彼女は何個かりんごを手に取ると、鍋を探しに行った。
本当にりんごをコンポートにするところからはじめて、アップルパイをつくるらしい。私はせめてなにか手伝えないかと、ついていくことにした。
****
ふたりでりんごの皮を剥いて、乱切りにしてから鍋の中に入れる。砂糖と冷蔵庫のレモン汁を入れて、弱火で煮る。
その間にパイ生地づくりだ。
「でもパイ生地って、前につくりたいときにレシピ検索したら、ひと晩寝かせないといけないとか、重りがいるとか書いてあって、面倒くさくって諦めたんだけれど。できるの?」
「あー、そういうタイプのもありますよねえ。これは家庭用につくる生地とフィリングを一緒に焼くタイプですから大丈夫ですよぉ」
「えっと生地はわかるとして、フィリング?」
「パイの中身ですね。コンポートができたら、生地に乗っけて焼こうと思いますので、じゃあはじめましょうか。分量言いますから、これで軽量してざるで漉してもらっていいですか?」
「わかった」
小麦粉と重曹を取ってきてボウルで計り、それをザルで漉す。
私が手でざるの縁を叩いている間、春陽さんはバターと砂糖、卵を混ぜていた。混ぜていくと綺麗なクリームになるんだなあと感心している間に、粉が漉し終わった。
「粉、終わったけど」
「はあい、じゃあ少しずつこっちのボウルに入れてもらっていいですかあ?」
「わかった」
私が粉を入れるたびに、春陽さんは泡立て器からゴムべらに持ち替えてさっくりと混ぜ合わせていく。だんだん粉がクリーム状の物体になったところで、粉を混ぜ終えた。
「これで生地の完成です」
「ええ……寝かせるとかしなくっていいの?」
「そのまんま焼けますよ? クッキングシート敷いた型に生地を流し入れれば、その上からフィリングを流し入れて焼いちゃえばいいんです」
楽っ。そんな簡単な感じでよかったんだ。
私は感心しながら、型にクッキングシートを敷いている間に、煮ているコンポートができたみたいだ。
「ああ、できたみたいですから、待っててくださいね。美奈穂さん、型に生地を流してもらってていいですか?」
「うん、わかった」
生地を流し入れるとは言っても、結構生地に粘りがあるから、流すというよりも貼り付ける作業に近い。クッキングシートを敷いた型にぺたぺたと生地を貼り付け終えたところで、りんごのコンポートが届いた。
黄色くて澄んだコンポートは、見るからにおいしそうだ。
「本当だったら、生地の上にカスタードクリームを流し入れてから、コンポートを流し入れるともっとおいしいんですけどねえ。今日はもう楽な方向で」
「たしかにそれはそれでおいしそう」
私が生地を敷いた上に、コンポートを満遍なく載せると、そのままオーブンで焼きはじめた。それでも鍋の中のコンポートは半分以上残っている。
「これ、どうしようか」
「うーんと、さっき滅菌した入れ物がありますんで、その中に全部入れちゃってください」
「これ全部も? 入りきるかな……」
「いけますいけます、余裕です」
瓶の中に全部入れると、見るからにギューギューになってしまった。春陽さんはそれに蓋をすると、逆さまにして置いた。
「これなに?」
「楽な空気抜きの方法ですね。まあどっちみち、コンポートはいろいろ使えますから、すぐになくなってしまうと思いますけど」
「ふうん……例えば」
「鶏肉の照り煮にも使えますし、サラダに少し入れてもおいしいですね。あとチョコレートケーキのフィリングに入れると、甘酸っぱさがいいアクセントになるんですよ。ジャムの替わりにスコーンに添えてもいいですねえ」
「たしかに、それはかなりおいしそう」
そうふたりで語り合っている間に、だんだんオーブンから甘くて素敵な匂いが漂ってきた。バターと砂糖、りんごの混ざった匂いで、チン、の音と共にオーブンが止まった。
中から取り出すと、たしかにアップルパイがそこに合った。
「もうちょっとだけ冷ましてみましょう。焼き立てだと崩れやすいんですよ」
「うん、わかった。ああ、冷めるのを待っている間にお茶淹れようか」
「あー、わたしミルクティーがいいでーす」
「はいはい」
紅茶の葉っぱはなにがいいかな。ミルクティーにするなら、今日はアッサムがいいかも。私はそう思いながら、もらい物のティーパックからアッサムを取り出し、お湯を沸かしはじめた。
お湯を沸かしてお茶を淹れている間に、春陽さんはアップルパイの写真を撮ってから、切りはじめた。
出来たてのアップルパイって初めて食べるなあ。
「いただきまーす」
食べてみる。パイ生地は私の思うパイ生地よりは、ビスケット生地っぽい感じ。そこにたっぷり乗せたりんごのコンポートの甘酸っぱさがマッチして、ものすっごくおいしい。
「おいしい……!」
「よかったです。コンポートもまだまだありますし、今度はカスタードクリーム間に挟んだり、アーモンドプードルのフィリングつくったりして楽しみましょうか」
「え、アーモンドプードルのフィリングってなに? おいしそう」
「はい」
ミルクティー片手に、アップルパイ。
買えば簡単に味わえるものでも、たまにはいちからつくってみるのも楽しい。
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