三途大橋線開業前夜

ペアーズナックル(縫人)

inしょうずか丸最終便にて

「三途連絡船は本日、この便を持ちまして、運航を終了し、三途大橋、及びその橋を通る三途大橋線がこの世とあの世を連絡する役割を引き継ぎます。小さな渡し船から始まった我々三途連絡船を利用してくれた善人・悪人の皆様、開業から今日に至るまで、安全運航のため裏表問わずその責務を務めてくれた各種船員、作業員、整備員の鬼達、そして何より、多くの人々を運んできたこの船、しょうずか丸自身にも最大級の感謝を送りたいと思います。長年にわたりご愛顧を賜りまして、誠にありがとうございました。」


しょうずか丸船長、奪衣婆のアナウンスが終わったあと、船内は万雷の拍手に包まれた。現世に生きる人たちが生前に考えていた三途の川渡しのイメージとは全くかけ離れた光景が目の前に広がっていた。しかも、明日からは船舶すらなくなって、隣にかかる三途大橋が、死んだ人間の魂を地獄、天国へと鉄道やらバスやらで輸送するのだという。勿論、運賃は船舶と同じ六文銭だが、鉄道・道路併用橋の建設費を効率よく回収する為、開業5年後には追加で2文の加算運賃が追加されるという。流石に地獄にまで消費税と言う財務省の魔の手は伸びてはこないのは幸か不幸か。


しょうずか丸は賽の河原FT(フェリーターミナル)をゆっくりと離れていく。港からそう離れていない、賽の河原託児所と書かれた建物の屋上に集まった子供たちが手を振って「さようなら三途フェリー」という横断幕を広げて旗をわちゃわちゃと振っていた。そうか、あそこが親より先に死んでしまった子供が集められる場所なのだ、と私は一人納得していた。明日になればあそこにいる子供たちはあの横断幕の裏に透けて見える「こんにちは三途大橋線」と言う文字を見せて三途大橋に万歳三唱を送るのだろう。どちらにせよ、あの子たちは菩薩地蔵のお迎えが来るまではあの託児所から動くことが出来ないのは生前の知識と大差ないようであった。


フェリーは穏やかな水面をゆっくりと進んでいく。その右隣りには、開通を間近に控えた三途大橋の構造体がその巨体を見せつけている。この視点から建設中の三途大橋を見ることが出来るのもこの連絡船の魅力であったが、それも今日で終わりだ。だが、繁忙期の天国からのツアー客向けにクルーズ船を走らせる予定があるらしく、チャンスが完全に潰えたわけでは無い。もっとも、そのツアーは二人一組が最小参加単位なので私のような乗ること自体を目的としている「その道のプロ」にとってはどのみち縁のない話だ。当然、明日開業する三途大橋線にも天国に帰りがてら乗りに行く。戻りの切符や往復割引券等は天国からの旅行客、ビジネス客しか買えないし乗れないので、現世で善行を積んでいて本当に良かったと思う。


三途の川は思ったよりも広い。出航から一時間してようやく中間点にきたことを、右手の三途大橋に赤く塗られた「←彼岸(あの世)|此岸(この世)→」というマーキングが知らせてくれる。そして、向かいからもう一つ別のフェリーがやってきた。えりょうじゅ(衣領樹)丸だ。が、今私が乗っているフェリーが一番最後の便なので、えりょうじゅ丸は鉄道風にいえばこれより先に出た便の返却回送という事になる。比較的経年が浅いので、なんと海外へと譲渡されると、船内乗務員の青鬼の一人が教えてくれた。


「西洋の冥界にもアケロン川とかいう三途の川と似たようなところがありましてね、そこの連絡船会社でしばらくの間使ってくれるように閻魔様があちらの、ええと、ミノス様とかいったかな?その人と協定を交わしたんですよ。」


しょうずか丸に完備されている新聞にもそのことが三面記事で乗っていた。ゆくゆくはミノスもアケロン川に鉄道を通したいと思っているが、あちらは三途の川と違ってとても気象が荒いらしく、橋だと強風での運休リスクが高いので川底よりも深い部分をトンネルで貫く予定なのだという。別にどうせ皆死んでいるのだからリスクの事なんて考えなくていいだろうと思ったが、そうだ、三途の川もアケロン川も、一度その中へ落ちてしまったら魂の善悪問わず生き返ってしまうのだった。この世界では生と死を逆転して考えなくてはならないからややこしい。


しょうずか丸はそのバブリーな内装もさることながら、二階のロビーに併設されているオートレストランのラインナップも相まってとても懐かしい雰囲気がある。ずらりと並ぶ焼きおにぎり、ハンバーガー、そば・うどん、中華そば、カップ麺の自販機。どれも現世ではとっくに絶滅してしまったものばかりだ。チープでとてもうまいと言えたものではないのだが、そういうものに限ってなぜかたまに食いたくてどうしようもない時がある。せっかくなので最後に何か食べようと思ったが、同じことを考えている人が何人もいるらしく、自販機の商品選択ボタンに「売り切れ」表示ランプが無慈悲にも点灯しているのを見て私は少々落胆した。このフェリーがお役御免になったあと、この自販機たちはまだ活躍できるのだろうか・・・


三途大橋線、正しくは三悪道本線の試運転列車が賽の河原方面に向かって高速で通過していった。列車は6両編成、三つドアの転換クロスシート車であるが、彼岸方先頭車両は二階建ての指定席車両。特に最前部の平屋席は、三途大橋の前面展望を存分に堪能できるパノラマ席だ。とはいえ明日私が乗る賽の河原方に戻る列車はその車両が後ろ向きとなる。それでも私が予約した時にはすでに通路側も含めて8割がた満席になっていた。彼岸方面に行く列車の指定席は全便予約開始から10秒で全便満席になったのは言うまでもない。死んでもなお「10時打ち」するなんて物好きな連中だとは思うが、私もそのはしくれなのであまり人の事は言えない。


三途の川の渡し船がフェリーになったり、電車やバスを通す橋が出来たりするほど「利用客」が増えたのは言わずもがな、現世で第三次世界大戦がはじまったせいである。原因は新型コロナウイルスだか何だか知らないがとにかくすごい感染症が世界中にばらまかれ、それをきっかけとしてたまりにたまった国家間の憎悪が爆発し、戦争状態に陥ったのだという。はじめはロシアとウクライナの小競り合いから始まって、その火種が大陸中に燃え移り、今や現世の人口は40億を切る勢いだという。そして残念なことに日本では広島、長崎に続き三発目の原爆が東京に落とされたようだ。平和な時代の内に死ねて、しかも天国に行けた自分の豪運ぶりには感謝してもしきれない。心残りがあるとするならば残してきた息子や孫夫婦が無事でいるかどうかだが・・・いや、むしろこっちに来た方が家族で一緒に住めるのだから好都合か。


そんなことを考えていたらどういうめぐりあわせだろうか、なんと船内で息子と孫夫婦と出くわしたのである。四人も私を見つけて驚き、思わぬ再会に抱き合って喜んだ。しかし、どうも彼らは天国へは来れないらしい。あまりの生きづらさに、4人そろって練炭自殺を図ったのだという。時代の変化で罪の重さは軽くなったとはいえ、自殺者はいまでも地獄行きと言うのは今も昔も変わらない。


「物価が高止まりするし、国は無能だし、核は落とされるし、犯罪は増加するしで、むしろ現世の方が地獄です。生き抜けっていうのが無理な話ですよ。」


孫娘の夫はそう話していた。なんともさみしい時代になったものだ。だがそのおかげで需要が高まり、三途の川にはフェリーが通り、そして橋がかけられて鉄道やバスが通るようになって趣味的に面白くなっていったのは事実なので私はとても複雑な思いを抱いていた。


そして、とうとうしょうずか丸は2時間強の航路を終えて、彼岸FTへと接岸した。最後の接岸作業を一目見ようと甲板には善人悪人全ての魂が手すりにしがみついて成り行きを見守っている。フェリー船尾がその口をぐわあと大きく開きランプウェイが港の車両搬入・搬出口とつながる。中から出てくるのは冥界の住人が運転する乗用車、地獄と天国を結ぶ定期夜行バス、そして同連絡船最大の顧客である長距離トラックが一台ずつ吐き出されれていく。明日からはこれらはみな三途大橋を通ることになるが、トラックは全便貨物列車に、定期夜行バスの一部は寝台列車にその輸送の使命を引き渡す。そして、全ての車両が搬出された後に、徒歩乗船客が下船するのだ。


彼岸FTでは奪衣婆の夫である懸衣翁が全ての運行を終えて下船した船長をねぎらって花束を渡すセレモニーが行われた。二人はこの三途の川の渡し船の始まりから終わりまですべてを見ていた。苦楽を共にした職場の最後の姿に彼女は感極まって涙を流し、改めて感謝の言葉を嗚咽交じりに述べて深々と頭を下げた。これからは二人は十王たちより辞令が下されて三途の川を挟んだ向かい同士の駅、賽河原駅と浄土境駅それぞれの駅長に任命されるのだ。


「えー、地獄に行かれる方で、大戦を理由に自殺した方々はこちらに並んでください!」


地獄本庁からやってきたとされる係員の赤鬼が死者の魂を誘導する。彼が来ているゼッケンには戦争・災害自殺者特別措置法、という文言が書かれている。これは私も地獄に来てから初めて知ったのだが、自殺者の中でも大戦や災害を理由とした自殺者には特別措置を下すのだという。これは第一次大戦死者ラッシュで自殺者の為の地獄がすぐパンクしてしまい、刑務作業に著しい支障が出たことによる時の苦い経験から生み出された法律らしい。第二次大戦死者ラッシュの時以来ご無沙汰であったが、第三次大戦の勃発に伴い再びこの法がよみがえったのだ。


「じゃあ、僕らもそちらに用があるので。」

「おじいさん、すぐそちらに行きますからね。」


息子や孫夫婦もその特別措置法によって裁かれる。私は再び熱い抱擁を交わし、再会を誓って四人と別れた。四人とはまた会えるが、このしょうずか丸、そして三途連絡船は永遠の別れとなるであろう。善悪問わず多くの死者の魂を運んだ三途の川の渡し船は、今静香のその幕を下ろした。


ぼおお、という汽笛を別れのあいさつ代わりに、しょうずか丸は静かに彼岸FTに併設されているドックへと入渠していく。この船はここで解体される。えりょうじゅ丸とはちがって、賽の河原へはもう二度と戻ることはない。セレモニーに呼ばれた地獄楽団の演奏による「蛍の光」をバックに、しょうずか丸が今、本当の意味で三途の川を渡る瞬間を、港が閉まるまで、私はずっと見続けていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三途大橋線開業前夜 ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ