第52話 エルダーリッチ戦
ドアを開け、中に入ると空気が変わる。
これまでいたドア一枚を跨いだだけで、頭が揺さぶられたような気がして、一瞬自分の足場がなくなったかのような気がした。
「ととっ……」
慌てて足元を見て立て直すと、キャロがポツリと呟いた。
「ここは、魔力濃度がさっきまでと段違いね」
「魔力濃度?」
「ライアスも魔法が使えるようになって感じるようになったようだけど、魔法の威力には魔力濃度が関わることがあるのよ。濃度が濃ければ魔力の回復も早いし、威力も普段より出せるけど、慣れていないと魔力酔いしたり、他の感覚を狂わされることがあるわ」
先程の足元がふらついたのはそのせいか……。
「特に、キキョウみたいな耳や鼻が優れていると注意が必要ね」
「別にこの程度、大したことありません」
キキョウがキャロを睨みつける。二人は先程までよりもギスギスした様子を見せており、俺が合流するまでの間に何かがあったのは明白だ。
キキョウは真面目で言葉一つを厳格に捉えてしまう性格だし、キャロはさっぱりした性格なのだが、ときおり強い言葉を使う。
二人の間に何か誤解が生まれている可能性があった。
「魔力濃度が高いのはわかったけど、それでどうなるって?」
ボスが湧くまで時間もない。今はキャロの話を聞いておく。
「長時間いれば、戦士は動きが鈍くなる。そんなボス部屋を用意しているということは、ここに出るボスは魔法を使ってくる可能性が高い。二人ともそのことを念頭に置いておいて」
「わかった」
「……ええ」
俺とキキョウが頷く。
「出たわよ」
次の瞬間、部屋の中央の魔法陣が輝き、ボスが出現する。
「エルダーリッチに、取り巻きはウイルオウイスプ」
ウイルオウイスプはこれまでこの迷宮で何度も戦ったモンスターなので問題はない。
エルダーリッチに関しては、俺たちの故郷ではBランクモンスターに分類されている。
「エルダーリッチは魔法抵抗力が高くて物理攻撃が効かない強敵よ」
「そんなの、どうやって倒せばいいんですかっ!」
エルダーリッチの情報を聞き、キキョウがキャロに質問する。
「魔法抵抗値が高いとは言っても、それなりに強い魔法をぶつけ続ければ倒すことができる。キキョウさんは取り巻きのウイルオウイスプを排除。ライアスは私の護衛をお願い」
この場で一番後ろに位置するキャロが指示を出した。
キキョウは刀を抜くと無言で飛び出し、側面にまわり込みながらウイルオウイスプへの攻撃を開始した。
動きに問題はないのだが、以前、ボス部屋で調子が崩れた記憶があるので俺は心配して見ていると、背中を突かれた。
「ボス戦なんだから集中しなさい。エルダーリッチの注意がキキョウに向かないように、まず上級魔法を当てるから、取り巻きを近付けさせないでよね」
キャロはそう言うと、杖をかかげ魔法の準備を始めた。
俺はこちらに向かってくるウイルオウイスプを何匹か斬り伏せた。
「キキョウ、こいつらちょっとおかしいぞ」
倒せなくはないのだが、違和感を覚えるとキキョウに忠告した。
「ええっ、攻撃が効き辛いのが何匹かいますね」
普段なら倒せてもおかしくない攻撃をしているにもかかわらず、粘ってくる。
お蔭で、余裕をもって食い止めるつもりだったのだが、思っていたよりもキャロの近くまで戻されてしまった。
落ちているドロップを見て、あることに気付く。ウイルオウイスプが落とすのは炎を纏った核なのだが、中に氷を纏った核や岩みたいな核がある。
「もしかして、属性違い?」
キャロが魔法に専念しているので答えはもらえないが、おそらくあっている。
「キキョウ、こいつら見た目からわからないけど属性が違っている。弱点を攻撃していない可能性を考えて武器を持ち換えてみてくれ」
意識してみると、攻撃が通り辛い相手には逆属性の武器が効きやすかった。これならば押し戻せる。そう考えていると……。
「ライアス!!」
キキョウの声が聞こえる。エルダーリッチが炎の魔法を放ってきたのだ。
「くっ!」
次の瞬間、俺は魔法の攻撃を食らい、爆発音が響き渡る。
「ライアスっ!」
キキョウが悲痛な叫び声を上げた。
「だ、大丈夫だから」
「あ……水属性剣、魔法で軽減したのですね?」
ほっとした表情を浮かべる。俺は咄嗟に水属性剣に持ち替えると【アイス】の魔法を撃ち出し、エルダーリッチの魔法の威力を半減させたのだ。
「危なかった……」
これまで大人しくしていたから、エルダーリッチの動きを追うのを止めてしまっていた。それこそが奴の狙いだったのだろう。
俺とキャロの位置が線で結ばれる状況を見極めて魔法を撃つ。狡猾な戦い方をする。
「これも、キキョウに魔法の特訓をしてもらったからだな」
回復石で治癒をしながら思う。ある程の威力の魔法をぶつけられなければ、即死ししていてもおかしくない。それくらいエルダーリッチの魔法は強力だった。
「準備ができたわ。ライアスもキキョウも巻き込まれないようにね!」
キャロの声がする。キキョウは血相を変えてその場を離脱し、俺も防御の魔法を張る態勢をとった。
「【エクスプロージョン】」
オレンジ色の光が飛び、エルダーリッチへと向かう。目視できはしたがかなりの速度のため、誰一人反応して動くことができない。
光はエルダーリッチの胸元へと吸い込まれると――
——ドオオオオオオオォォン! ズッズズズズ!——
——爆発を起こし、周囲のウイルオウイスプが纏っている炎を打ち消した。
「今なら、攻撃しやすい!」
爆発の影響冷めやらぬ間に、まず動き出したのはキキョウ。彼女は本体が露出しているウイルオウイスプを次々に斬って行く。
その動きが疾く、目で追うのが背一杯だ。
俺はあまりキャロの傍を離れられないので、近くにいるウイルオウイスプと戦っている。
「次、行くから。魔法が来たら反属性でガードして耐えて」
キャロは魔石で回復させると、次の魔法の準備を始めた。
先程のエクスプロージョンによる爆発は、並みの存在なら一撃で勝負がついていてもおかしくない威力だったのだが、エルダーリッチはダメージこそ受けてはいるが健在なので、この機会にたたみかけるつもりのようだ。
『GU……GU……U』
エルダーリッチのうめき声が聞こえてくる。
奴は腕を振るうと、今度はタイミング関係なしにキャロへと魔法を放った。
岩つぶてが彼女へと向かう。一つ一つの威力は大したことがない土属性の低級魔法だが、当たれば痛みがあるし、魔法の構築を妨げてしまうだろう。
「【ウインド】」
なので、俺は横から風の魔法をぶつけ軌道を曲げてやった。
エルダーリッチの攻撃は、俺の風魔法に逸らされ誰もいない場所へと着弾した。
「ナイスよ、ライアス。こっちの準備もできたわ!」
「いけっ! キャロっ!」
「撃ってください!」
「【ブリザード】」
冷気が飛び、エルダーリッチを直撃する。キャロが放った魔法のせいで、急激に部屋の温度が下がり始めた。
『GUUUUUUUUU』
エルダーリッチの苦しそうな声が聞こえてくる。
「ふぅ」
冷気の渦がエルダーリッチを覆い隠し、そのせいで中の状況がわからなくなった。
「キャロさん。まだ油断しないでください!」
キキョウが険しい目を向けているのだが、
「もう終わってるから平気よ」
魔法が収まり、姿を現すエルダーリッチ。
「こ、凍っている!?」
中空には氷漬けになったエルダーリッチがいた。
次の瞬間、エルダーリッチは地面に落ちると、
——ガシャンッ!——
音を立てて氷ごと砕け散った。
「後は、取り巻きを倒してドロップを回収しましょうか」
アークウィザードのキャロ。彼女は単体攻撃から範囲攻撃までをこなす魔法の天才だということをこれ以上ないくらいに俺たちに見せつけてきた。
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