第51話 言い争い
「エート、それは別な日でもいいんじゃないか?」
「今日でないと……今じゃないと駄目なのよ!」
「今すぐに挑みたいのです!」
それぞれがそう主張してくる。必死そうな様子を見る限り、二人とも事情がありそうだ。
俺はどうしようか考えると、ふと気付く。
「ボス部屋に行ける記録石は二つしかないから、全員で転移することはできないぞ?」
俺とキキョウしか迷宮に挑んでいなかったので、わざわざ予備は用意していない。
「できれば、私に【記録石】を使わせて欲しい」
「何を言うのです、流石にそれは図々しいでしょう!」
胸に手を当て主張するキャロをキキョウは睨みつけた。
「いいっていいって、俺が走っていくから」
幸いなことに、この辺りは動き回っていた時のルートを覚えているのでボス部屋まで歩いて行ける。
「ありがとう、ごめんね」
キャロは申し訳なさそうに記録石を受け取った。俺にはわからないが、彼女が必要だというのだからその通りなのだろう。
「あっ! ライアス!」
キキョウが手を伸ばし引き止めようとしてくる。
「一時間ほどで行くから、二人は休憩でもしていてくれ」
俺はキキョウの言葉を振り切ると、ボス部屋まで走って移動することにした。
★
「少し、わがままが過ぎるのではありませんか?」
記録石を使い、ボス部屋まで移動した二人は、しばらくの間無言でいた。
身綺麗にし、補給を終えてライアスを待っていたのだが、キキョウと目を合わせることなくずっと考え込むキャロに、とうとう我慢できなくなったようだ。
「わがままって何よ、ライアスは元々考えるのが得意なタイプじゃないわ。私が考えてあいつが肉体労働、それがこれまでのパーティーでの分担よ?」
「それがわがままだと言っているのです。ここは貴女のパーティーではありません。以前と同じように振る舞われては迷惑です!」
キキョウはこれまでの我慢した分、憤りをキャロにぶつけた。
「確かに私のパーティーじゃない。でもね、必要だからこそこうしているの。あんたこそ、ライアスに依存しすぎじゃない?」
「わ、私が……ライアスに依存しているですって?」
その指摘にキキョウは動揺する。
「いい機会だから言っておくわ。私はこのボスを倒したら、ライアスを連れて帰るための本格的な計画を建てるつもりよ」
キャロの言葉に、キキョウは表情を歪ませる。
「こんな、迷宮しかない隔離された場所に一人取り残される。それってどんな気持ちか考えてみたけど、私なら多分耐えきれないわ」
キャロの言葉が、キキョウにその未来を想像させてしまい身体が震え出した。
「だから、私は全員が救われる可能性を考えた」
やっと信頼できるパートナーが出来たと思ったのに引き放される。キャロのこれまでの言動から、彼女が断言するからにはそれなりの勝算があるということだ。
つまり、このままでは自分とライアスが、永遠に離れ離れになってしまうとキキョウは思った。
「お願い……します……。ライアスを連れて行かないで下さい」
キキョウのか細い声が聞こえる。キャロが現れた時から想像しなかったわけではない。
「残念だけど、それは出来ないわ。ライアスを連れて帰る、これは絶対なの……」
キャロは静かに言葉を返す。
彼女がライアスを迎えに来たと言葉を発した瞬間から、こうなるのではないかと思っていた。
だが、あまりにも早すぎる。先日、キャロは確かに「現状では帰還する方法はない」と断言していた。
なのに、一晩寝て起きて、ここに来るまでに方法を見つけたというのなら、キキョウにとって酷い不意打ちだ。
キキョウの脳裏に一瞬狂気が生まれる。目の前の彼女を排除すれば、ライアスと永遠にこの場で生活できるのではないか……。
だが、先日のライアスの嬉しそうな顔が浮かぶと、キキョウはそっと刀を持つ手の力を抜いた。
「ふぅ、二人ともお待たせ。大丈夫だったか?」
「ええ、キキョウと話していたから退屈はしなかったわ」
ライアスが駆け寄ってきて二人に話し掛ける。彼の実力は既に二階層を単独で踏破できるくらいまで成長しているので、約束の時間通りに現れた。
ライアスが回復石と魔石で体力と魔力を回復させ、水分補給をする。
「それじゃあ、さっさとボス部屋を攻略して今日は戻るとしようか」
ユグドラシル迷宮ではライアスとキキョウは二度目、キャロは初めてのボス戦に挑む。
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