第46話 キャロの提案

「それで、キャロ。いくら持っている?」


 俺はふたたびモノリスの前に移動するとキャロに聞いてみた。


「正直、あんたを助けに来るのに精一杯だったから、あまりないわよ」


 そう言うとキャロは通貨が入った袋を取り出した。


「金貨一枚に銀貨三枚に銅貨が五枚」


 袋の中身を取り出したキャロはそう言って俺に見せた。あまり持っていないと言いつつ金貨があるので、長旅を覚悟していたのだろう。


「このモノリスはモンスターのドロップアイテムや通貨をptに変えてくれるんだ。変えたptを買い物に使ってレアアイテムと交換することもできる」


 俺は彼女にモノリスの使い方を説明してやる。


「それで魔石が買えちゃうんだ……。でも、魔石一つあったところで片道分の魔力には全然足りないわよ?」


 キャロはそう答えると首を傾げた。王都では【魔石(小)】一つで金貨一枚する。


「一応言っておくと、金貨一枚で1000ptになるし、それで【魔石(小)】が十個買える。さらに【回復石(小)】なんかも手に入るから」


「それって、凄いことじゃない!?」


 キャロは俺の肩を掴むと揺さぶってくる。俺は買いなれてしまったが、確かに通常、迷宮の宝箱からしか手に入らないレアアイテムを、これだけ安く入手できるというのは本来ありえない。


「この回復石があったから、メアリーがいなくても俺はユグドラシル迷宮に挑むことができたんだよな」


 俺はそう言うと、手元にある【回復石(小)】をキャロに見せてやった。


「な、なるほど……。通りで怪我一つしてないわけね」


 彼女からこの場所に転移するまでの経緯は聞いている。ユグドラシルの迷宮という言葉から余程絶望的な状況を想像していたらしい。


「にしても、それならあんたにお金渡すから魔石買ってよ?」


 そう言って金貨を押し付けてくるキャロだが……。


「初めてモノリスで買い物をする時に『初回購入特典』ってのがあるんだ。俺のこの『無限収納の腕輪』はアイテムを亜空間に保管してくれる上、時間が経過しないんだ」


「何それ、神器級じゃない!」


 キャロは物欲しそうな表情を浮かべ俺の腕輪を見た。魔法に精通しているだけあってか、彼女は神器や魔導具に強い興味があるのだ。


「他に選べる『初回購入特典』に『賢者の石』というのがある。これは持っているだけで魔力が回復して魔法の威力が二倍になるらしい。キャロにふさわしいアイテムだと思わなか?」


 そう告げると、顔を上げたキャロと目が合った。


「……なるほど。威力が二倍で魔力も回復する。確かに、それ手に入れれば魔石の消費も抑えられるし、かなり便利よね」


 トーリたちにも心配を掛けた。キャロには一度向こうに戻ってもらい、俺の無事と現状を話してきてもらいたい。

 そんなわけで、キャロにも『初回購入特典』を手にしてもらえればと考えた。


「そういうことなら……」


 彼女は胸を高鳴らせながらモノリスに触れる。そして少しして首を傾げた。


「どうした?」


「えっと……、何も表示されないわよ?」


「そんな馬鹿な!」


 俺は彼女の後ろに立つとモノリスを見た。漆黒の板には俺とキャロの姿が映っている。


「ね、本当でしょ?」


 キャロが顔を上げ、俺に話し掛けてきた。


「一体、何でなんだろう?」


 俺もキキョウも問題なく使えている以上、壊れたということはないだろう。二人して頭を悩ませていると……。


「それは、貴女が選ばれてここに来ていないからではないでしょうか?」


 先程から、後ろに座ってこっちの様子を窺がっていたキキョウが冷たい声でキャロに言う。


「話に聞く限り、私とライアスは石碑に同じ言葉が浮かびここに転移させられました。ユグドラシル迷宮に挑む資格がある人間にしか石碑は使えないのでは?」


 そう説明するキキョウの表情はどこか誇らしげだ。そんな彼女をキャロは冷めた目で見返す。


「そ、使えなかったのは残念だけど仕方ないわね。魔石はライアスに買ってもらうから問題ないけど?」


 自身が『初回購入特典』を得られなかった……、いや迷宮に『選ばれなかった』ことなどショックでもないとばかりに淡々と対応する。


 俺はキャロの態度に緊張をするのだが、金貨を受け取ると質問をした。


「それで、いくつ魔石が必要になる?」


 キキョウとキャロの間に流れる空気が気になったが、今は後回しにしておくべきだろう。


「こっちに転移するのに【魔石(小)】が五十個が必要だった。往復を考えると百個以上欲しいわね」


「そのくらいなら何とかなる」


 ボス攻略で消費してしまったが、俺の手持ちptはまだ五万以上残っている。キャロの往復で一万ptというのはなかなか痛い出費だが、それでトーリたちに生存報告できるのなら良いだろう。


 俺は早速【魔石(小)】の購入操作をした。


「とりあえず、これでそこの箱からでてくるから」


 いつも注文したアイテムが出てくる箱を指差す。いまだによくわかっていないが、どういう原理でアイテムが現れるのだろう?


 キャロは頷くと、箱に駆け寄り蓋を開けた。


「うわ、重そうね……」


 箱から魔石を取り出し、リュックに詰めるキャロ。半分もしまったところでリュックがパンパンになった。


「適当な袋でも用意するか?」


 このままでは入りきらないので俺がそう聞くと、彼女は首を横に振る。


「とりあえずライアスが預かっておいてよ」


「すぐ戻るんじゃないのか?」


 キャロからの予想外な言葉に驚き、俺が首をかしげると、彼女は溜息を吐きながら考えていたことを言った。


「話を聞く限り、往復で金貨十枚ってことでしょ? 確かに、王都で魔石を揃えるよりは得だけど高いわよ」


 確かに言われてみればその通りだ。金貨十枚と言うのは決して安くない。それなりに質の良い装備を全身揃えるくらいの金額だろうか?


「こうして魔石を確保しているならいつでも帰ることはできる。それならもっとこの場所の情報を収集するべきよ。トーリとメアリーが心配して憔悴するのは仕方ないにしても、他にも色々(・・)把握しなきゃだから」


 そう言うと、視線をキキョウへと向ける。目が合ったキキョウはムッと眉を歪めるとキャロとにらみ合う。


「色々って何だよ?」


 俺は改めて彼女が気にしていることについて聞く。


「話を聞く限り、今回の転移分の魔石購入で赤字なんでしょ? だったらそれを稼ぎに行かないとね」


「うん?」


 はぐらかされたのか、突然キャロが違う話をする。確かにptを消費してしまったが……。


「ユグドラシルの迷宮があるんでしょ? 私も潜るわよ」


 キャロはそう言うと、俺に目配せをするのだった。

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