第45話 事情聴取
「それで、どういうことなのか説明してもらえるんでしょうね?」
髪から水滴をぽたぽたと垂らしながらキャロが俺を睨みつけてきた。俺はそんな彼女の前に正座をさせられている。
あれから小屋を追い出され、キキョウが服を着るとふたたび小屋へと呼び出された。
外にいる間「とうとうまぼろしが見えるようになったか」と考えた俺だが、目の前にいるキャロはどう見ても現実のものとしか思えない。
「覗きをするなんて、まるでトーリみたいなラッキースケベね。しばらく会わない間にライアスも変わったわね」
キャロは両腕で胸を抱き、見下ろして説教してくる。彼女のこの仕草も懐かしい。
俺とトーリは日常生活で些細なミスをしてはキャロによく怒られていたからだ。
「いや、風呂を使っている音がしたから、まさかキキョウがこっちにいるとは思っていなくて……」
「言い訳しない! 乙女の裸を見ておきながら往生際が悪いわよ!」
「……ご、ごめん」
彼女の正論に俺は黙った。
「その……私は、別に気にしておりませんので」
キキョウは気まずそうにそう告げるのだが、俺と視線を合わせてくれない。明らかに気にしている。
ひとまず、キャロがいるお蔭で問答無用で斬り殺されることはないようだが、これはこれで気まずい。
「それより、どうしてキャロがここに?」
まぼろしではないことはこれまでの仕草で間違いない。キャロは目の前に存在している。だとすると、どうして彼女がここにいるのか重要だ。
「はぁ……こんなはずじゃなかったのに……どうして私って……これも、ライアスが悪い」
「キャロ?」
何やら悔しそうな顔をしながらブツブツ呟くキャロ。聞こえていないようなので再度名前を呼んだ。
「な、何でもないわよ! 私がここにいる理由なんて一つしかないわ。あんたを助けに来たのよ!」
キャロはそう言うと、俺を指差した。目が合った彼女の瞳が少し潤んでいる。
「助けにって……、もしかしてトーリやメアリーと一緒に来たのか?」
ここは【ユグドラシルの迷宮】と呼ばれる外界から完全に隔離された場所だ。もしかすると、トーリたちが少ない手掛かりを元に俺の居場所を割り出して救援にきてくれたのではないかと考えた。
「いいえ、来たのは私だけだけど? 不満?」
彼女がムッとした表情を浮かべる。
「いや、再会できて凄く嬉しいよ」
「そ……そう?」
俺が正直な気持ちを告げると、キャロは顔を逸らした。
「ということは、俺たちは故郷に帰れるのか?」
キキョウと顔を合わせる。外周にある絶壁を超えることができれば、俺たちは帰ることができるかもしれないと考えたからだ。
「残念ながら、ここに至るまでの地形は把握してないわよ」
ところが、俺たちが抱いた希望とは裏腹に、キャロは予想外な言葉を口にした。
「だったらどうやってここに来たんだよ?」
俺は眉根を寄せると彼女に質問をする。道も知らずに俺たちの前に現れた方法を知りたかった。
「遺失魔法の一つに【仲間と合流する転移魔法】があったから。それを習得して飛んできたのよ」
「仲間と合流……」
小声でつぶやくとキャロの言葉の意味を反芻する。
「それってとんでもない魔法なんじゃ?」
これまでも、彼女の大魔法に助けられてきた俺たちだったが、まさか遺失魔法まで身に着けたとなると開いた口が塞がらない。
「流石に自前の魔力だけじゃ無理だから、トーリとメアリーに依頼を受けまくってもらって買った魔石でどうにかしたわ。トーリからの伝言『お前のせいで破産しそうだから、戻ってきたらこき使ってやるからな』だってさ」
「あいつめ……」
いかにも言いそうなセリフに頬が緩む。俺が懐かしさを覚えていると、ふと足に何かが触れた。
横に座っているキキョウの尻尾が揺れ、毛先が俺の足を撫でたようだ。
「ライアス?」
キャロが話し掛けてくる。一瞬気をとられてしまった俺だが、彼女との会話に戻る。
「なるほど、つまりキャロが単独で俺を助けに来てくれたってことなんだな?」
長距離移動に掛かる魔力が膨大なため、どうにか一人分で魔石が尽きてしまったらしい。
「まあね、生存確認ってわけ。あんたがいつまで生きてるかわからなかったからね」
キャロの言葉に苦笑いが浮かぶ。確かに、転移させられる前の俺ではいつ死んでもおかしくなかったからだ。
彼女の表情が俺を心の底から心配してくれているのがわかり、胸が暖かくなる。
「そ、そうなると……、戻る方法があるわけではないのですかっ?」
見つめ合う俺たちを見ていて、話の核心を早く知りたかったのか、キキョウが食い気味に質問をした。
キャロは悩まし気な表情を浮かべると……。
「この【仲間と合流する】魔法は一人用なのよ、私だけなら何とかなるんだけど、ライアスを連れて帰るのには他の策を講じる必要があるわ」
おそらく、俺が身動き取れない状況にいると踏んでいたのだろう。その為に彼女が生存確認にきた。
「と言うことは、ライアスも貴女もここに留まるということですか」
心なしかホッとしているように見える。揺れる尻尾の毛先が何度か触れた。
「ええ、そうよ。まずはどこかの街を目指しましょう。私が後衛でサポートするから、ライアスはしっかりと守ってよね」
そう言ったキャロはとても嬉しそうな表情を浮かべている。だが、今から俺は彼女の笑顔を曇らせることを言わなければならない。
「街なんてないんだ。それどころか、この隔離された場所から出る方法もない」
「はっ? えっ? 嘘……でしょ?」
表情が切り替わり、目を丸くするキャロ。
「嘘じゃない。外の大木を中心にして外周に行くと天まで届く絶壁が存在しているからな。脱出するのは不可能だ」
「でも、この服だったり、料理とか食器とかあるじゃない!」
なまじ、便利な道具が小屋中にあったので、外界と繋がっているとキャロは思っていたらしい。
「壁に掛かっているモノリスがあるだろ、あれを操作すると食糧とか色々買うことができるんだよ」
「そんなモノリス聞いたことないわよ!?」
疑いの眼差しを向けてくるキャロ。こうなったら一度実際に買って見せる方が早いだろう。
俺は彼女の目の前でモノリスを操作し、料理を出して見せる。
「な? 本当だろ?」
全員の前に料理を置く。湯気が立ちのぼり美味しそうな匂いが漂ってきた。
「ちょうどいいから飯にしよう」
俺がそう言うと、それぞれが料理に手を付ける。
「美味しい!? 王都の三ツ星レストラン並みじゃない!」
キャロは驚くと料理を食べ続ける。
この料理でこのような反応を見せるなら、キキョウの故郷の料理を出したらどうなるか、次の食事でどんな表情をキャロが見せるか楽しみになり、俺は口元を隠し笑った。
「ふぅ、モノリスから料理が出てそれがこんなに美味しいなんて……。ライアスがまたおかしなこと言い出したと思ったのに……」
食事を終え、一息吐いたキャロがダラリと足を伸ばした。
「とりあえず、あんたが言っていたことは信じるわ。ここから脱出する方法がないってこともね」
「理解してもらえて助かる」
無防備に足を投げ出すため、彼女の太ももが目に映って毒だ。
「それにしても計算外ね。他の魔法を覚えるかして、どうにか脱出しないといけないんだけど……」
ブツブツ言いながら考え始めるキャロ。優秀な頭脳を持つ彼女は一つの方法が駄目だからと言って諦めるようなことはしない。これまで、彼女の閃きで何度もピンチを脱してきた。
「そのことなんだけど、いいか?」
「何よ?」
悩む様子を見せるキャロに俺は必要な情報を渡す。
「魔石ならモノリスから買えるから、キャロは戻ることができるぞ」
「はいっ?」
彼女は口を開けると俺を見た。
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