第44話 予想外の事態
「ふぅ……。やっぱり、残っていないか……」
ボス部屋攻略から三日が経ち、ふたたびこの部屋に足を踏み入れた俺は溜息を吐いた。
あの日キキョウが深手を負い、何度呼び掛けても意識を取り戻さなかったので、俺は慌てて彼女を担ぎ迷宮から脱出した。
その時は、一刻も早く安全な場所に彼女を連れて行かなければならないと焦ったので、そこらに落ちていたドロップアイテムを回収していなかったのだが、戻って来てみると何も残っていなかった。
「流石に死体と同様、迷宮に吸い込まれたんだろうな……」
各種ゴブリンのドロップもそこそこ良いptになりそうだったので勿体ないことをした。
俺はひとしきり気落ちした後顔を上げ、キキョウに話し掛けようと姿を探すのだが見当たらずに「ああ」と声を出す。
「……そうだった、キキョウは小屋だったな」
あの日以来、キキョウは一切笑顔を見せなくなってしまった。
出会ったころのような自信に満ち溢れた気配もなく、こちらの様子を伺い縮こまっている。
何かに怯えているようで、俺は彼女の内心がわからず、どう接して良いか悩んでいた。
流石に今の彼女を迷宮に連れて行くのは危険と判断したので、休むように言い聞かせて出てきたのだが、見送り時の彼女の様子が気になった。
「とりあえず、帰りはモンスターでも狩りながら戻るとするか……」
ボス部屋攻略の際に使用した消耗品各種と、料理や水などの食糧。生きているだけでも少しずつptが消費されていくので、少しは稼がなければならない。
戻る間にも次々とモンスターが出現する。
ウィルオウイスプだったり青鬼だったり。これまで散々戦ってきたので弱点もわかっており脅威とはならない。
勿論、油断をするつもりはないのだが、先日のドラゴンに対する恐怖を覚えているので、どうしても気が緩みそうになる。
「キキョウ、立ち直ってくれるといいんだけどなぁ」
彼女があのような顔をするようになった原因は明らかにドラゴンとの遭遇だろう。
だが、戦わなくて良いと告げているにもかかわらず表情が明るくならないのは他にも理由があってのこと。
「ここは一度、彼女がどうしたいか聞いてみるか」
こうなったらお互いが思っていることを腹を割って話した方が良いだろう。いずれにせよ、ドラゴンを単独で倒すのは無理だし、彼女に無理強いをするつもりもない。
今後、俺がどうするか方針を決める意味でもここで話をしなければならない。
そんなことを考えていると、迷宮の出口が見えてきた。
途中で遭遇する敵も、今では思考の片手間に屠れるようになったので、実力は確実に身についている。
「まずはキキョウを探して……ん? 湯浴みしてるのか?」
小屋の横に併設してある木で仕切りをしている簡易浴場。その天井から湯気が上がっていて中に誰かが浸かっているのがわかった。この場には俺とキキョウしかいないので彼女だろう。
これは、キキョウの故郷にある風呂を再現したもので、人が入れる長い金属に水を溜めて下から熱することでお湯にして暖まるものだ。
俺たちの故郷にも風呂はあるのだが、貴族や商人など豊かな人間のためのもので、材質も大理石に金やミスリルなどをちりばめて作られているので、このような機能だけに特化したのは珍しかった。
ちゃぷちゃぷと湯が揺れる音が聞こえる。やはり彼女が風呂に浸かっているのだろう。そうならば、特に急ぐ必要もない。
一度小屋に戻って、休憩をし、彼女が戻ってきたら話をすればいい。
そう考えた俺は、無造作に小屋のドアに手を掛け開けた。
「へっ?」
次の瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは……。
「ラ、ララララ、ライアス!?」
タオルで尻尾を拭いているキキョウの姿だった。
身体中に水滴がついており、熱めの湯で暖まった肌はほんのりと赤くなっている。
「……どうして?」
過去に一度彼女の水浴びを覗いてしまって以来、俺はこの手のトラブルをが起こらないように避けてきた。
彼女が湯浴みをしている間は浴場に近寄らないようにしていたし、ドアを開けるにしても、彼女の所在がわからないときは声をかけてから開けるようにしていた。
「ああああああ……、ああああああっ!」
キキョウの白い肌が真っ赤に染まり、タオルが落ち、尻尾を抱きながらこちらを見る。
「お、落ち着けっ! キキョウ! 俺が悪かったから!」
以前彼女から「次はない」と言われている。このままでは迷宮で実力を身に着けた彼女に斬り殺されてしまう。
「うぐっ……ふぐぅ……」
目に涙を溜めて泣き出すキキョウ。予想外の態度に俺はいよいよどうしてよいのかわからずにいる。
「後でナマス斬りにしてもいいから、取り敢えずタオルを手に取ってな!」
固まったままのキキョウに渡すため、俺はタオルを持ち彼女に近付くのだが……。
「ちょっとあんた……何してるのよ!」
「えっ?」
本日二度目の不意打ちだ。まさかこの場に俺とキキョウ以外の人間がいるなど考えてもいなかった。
振り返った俺は、三度目の不意打ちを受けて身体が震える。
「キ、キャロ?」
そこには、風呂上りで俺のシャツを身に着けたキャロが立っていたからだ。
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